静岡県農林技術研究所伊豆農業研究センター
片井 祐介
イノシシ被害にあった生産者と話をしていると、「飼育していた豚が逃げて、野生のイノシシと交配したから、イノシシが豚並みに子どもを産んで被害が大きくなった」など聞くことがあり、「10頭前後の子どもを連れた群れを見た」などの目撃情報もある。それでは、実際のイノシシの出生数はどの程度であるのか、また10頭の子どもを連れた群れはありうるのか、既存の研究報告から紹介する。
兵庫県では、2004年から2013年に捕獲されたメスの個体107頭を調査し、対象個体の年齢や胎子(母体中で出産まで成長中の個体)数等を報告している(1)。107頭のうち妊娠個体は46頭で、1頭あたりの胎子数は、4頭が最も多く1~7頭であった。0歳群でも妊娠している個体は見られたがその割合は低く、多くの個体が1歳から妊娠している。0~1歳群の胎子数平均は、2.40±1.14頭、2歳群は4.26±1.41頭、全体の平均で4.07±1.45頭であった。また、群馬県における調査(2)でも胎子数は、1~9頭であり、4頭が一番多かった。これらの結果から、イノシシの平均的な出生数は4~5頭前後になると思われる。
それでは、子どもを10頭連れた群れはいないのであろうか。図1は、イノシシを箱罠で捕獲した映像の切り抜きであるが、この罠では成獣1頭と幼獣8頭が同時に捕獲された。この成獣が、8頭の子どもを産んだ希少なイノシシであろうか。図2は、罠の扉が閉まる直前であるが、成獣がもう1頭いることがわかる。このことから、実際のこの群れは成獣2頭、幼獣9~10頭で構成されていることが推察される。それならば、1頭あたり5頭程度の子どもになり、平均的な出生数である。メスのイノシシは、1歳から出産し、しばらくは子どもと生活をする。その後、オスの子どもは離れ、単独で生活するようになるが、メスの子どもは母親と成長後も一緒に行動することがあり、複数の成獣とその子どもで群れが構成されることもある。子どもは親に関係なく子ども同士でまとまるが、成獣は警戒心が強く離れて移動することがあるため、断片的な目撃情報として1頭の成獣が10頭前後の子どもを連れて移動する様子として認識されている可能性が高い。
罠での捕獲数や断片的な目撃情報から、事実と異なる認識を持たれてしまうことがあったが、近年は安価で動画撮影が可能となり、動物の行動の観察が以前より容易に行うことができるようになっている。ただし、映像でも断片的な情報に過ぎず実態を表していないこともある。そのため、過度に映像に依存することなく、様々な情報から判断していく必要がある。豚の逃亡説についても、昭和時代ならまだしも近代の整備された豚舎から逃げ出す可能性は相当低い。昔に逃げた可能性はあるとしても世代が進むことで、その形質が現在まで残っていても相当低くなっていると思われる。福島原発の事故など特殊な要因で発生する事はあるが、通常では飼育豚とイノシシの交配が発生することはまずない。被害を受けている生産者からすると以前はなかった被害が発生していることについて、何か理由をつけたいところであると思われるが、特別な要因があるわけではない。その原因については、実は生産者自身にあるが、それについては別の機会に紹介する。