野仲 信行
はじめに
作物を栽培していると、地域や時期により、様々な害虫や病害の発生を見ることがある。通常は発生をモニタリングし、発生があればその害虫や病害ごとに適切な対処を行い、また実被害が予測される場合には予防的な防除策を施す。
薬剤防除の場合、その病害虫の種類ごとに適切で効果的な薬剤が知られている。作物ごとに農薬登録のある薬剤が決まっているので、適切に選択し定められた使用方法で使う必要がある。一方、実際には複数の病害虫が同時または続いて発生することも多い。この場合、防除対象が広い薬剤は、防除をする上で効率がよいため実用的である。
トルフェンピラドと有効範囲
トルフェンピラド(商品名:ハチハチ®乳剤、ハチハチ®フロアブル)はアブラムシ類、スリップス類、コナガ、サビダニ類など幅広い害虫種に効果のある殺虫剤である一方、うどんこ病などの病害にも実用的な効果を発揮する(図1)(1)。両剤の最新の適用表を表1、表2に示す。
このように害虫(またはダニ類)と病害の両方に効果を示す薬剤は他にもあるが、トルフェンピラドのように幅広い害虫と病害に効果を有する薬剤は類を見ない。また、防除効果自体も害虫への効果に加え、病害への効果も他の殺菌剤に劣らない効果を示す(2,3,4)。
また、トルフェンピラドはナメクジにも効果があることが確認されている。効果は直接の殺虫効果ではなく、忌避効果と考えられている。これにより、ナメクジによる作物の食害や収穫物への混入の抑制が期待できる。ナメクジの防除はベイト剤によることが多く、本剤のように噴霧により作物の保護効果が得られる薬剤は少ないので、この点でも有用である。
トルフェンピラドの作用機作
トルフェンピラドの害虫に対する作用機作は、IRAC(Insecticide Resistance Action Committee:殺虫剤抵抗性対策委員会)の作用性分類ではグループ21(ミトコンドリア電子伝達系複合体I阻害、METI剤と略す)とされている。殺菌剤としても、同様にFRAC(Fungicide Resistance Action Committee:殺菌剤耐性菌対策委員会)の作用性分類でグループ39(呼吸系複合体Ⅰ阻害)とされている。殺虫剤としてのMETI剤には、各種のハダニ剤があり、既にハダニの薬剤抵抗性が確認されているものの、殺菌剤としてはグループ39に関する薬剤抵抗性病害の発生は2024年3月時点で報告されていない。そのため、うどんこ病など各種系統の薬剤に抵抗性が発達しやすい病害に関して、本剤のような他剤と異なる作用性を有する薬剤の使用は、薬剤抵抗性を管理する上からも重要である。
トルフェンピラドの使用上の留意点
本剤を効果的に使用するためには、以下の点に留意する。①浸透移行性が乏しいため、散布時にはむらのないように十分な薬液量を散布する。②種々の害虫に対して効果を発揮するが、害虫の種類により効果の程度や有効な生育ステージが異なるので、専門家のアドバイスを適宜受ける。③病害に対しては予防効果が大きいため、病害の発生前や発生初期に使用する。④広範な殺虫効果を示すため、天敵昆虫やミツバチなど有用昆虫に影響を及ぼす場合があるので注意する。
おわりに
作物を栽培中に種々の病害虫の発生が予想される場合がある。このような場合、トルフェンピラドのような複数の病害虫に有効な薬剤を使用することで、予防的な防除を行うことができるため、うまく防除体系に組み込むことで効率的な防除の一助になると考えられる。一方、作物ごとに使用時期、回数が異なるので、その「使いどころ」については工夫が必要であろう。実際の使用に当たっては、各地域の指導機関、農薬メーカー等のアドバイスを受けることが望ましい。