土を変えただけで病気が出ない?!~イネもみ枯細菌病(苗腐敗症)の発病抑制~

富山県農産食品課 関原 順子
富山県農林水産総合技術センター農業研究所 三室 元気

責任著者

はじめに

近年の水稲生産現場では育苗期から気温が高いことが多く、もみ枯細菌病を主とする細菌性病害の多発生事例がみられる(図1)。これら病害の多くは、発生すると治療法がなく、苗を廃棄しなければならない。病害の発生による農家の経済的損失は甚大で、共同育苗施設ではハウス1棟単位の被害が生じることもある。このような場合、地域の水稲栽培計画の大きな変更が必要となるため、これまでも病害発生を抑える予防的な対策が講じられてきた。
本稿では、予防的措置に加え軽量培土を用いて得られるイネもみ枯細菌病の発病抑制効果について紹介したい(1)。

  • 図1.イネもみ枯細菌病(苗腐敗症)
    A. 苗の基部が白化し、褐変して枯死する。無理に定植すると本田で苗が消える事例もある。
    B. ハウス1棟単位での発生も起きうる。

育苗期に発生する細菌性病害の予防的措置

基本的な対策は以下のとおりである(2)。
(1)伝染源を断つ
1)種子の保菌リスクについて認知する、2)種子は清潔な場所で保管する、3)種子の更新と塩水選を徹底する、4)育苗器材は使用前に消毒する
(2)増殖しにくい環境条件
1)浸種、催芽、出芽時は適正な温度管理を徹底する、2)育苗期は生育ステージに応じた最適な温度・水管理を徹底する
(3)予防的薬剤防除
・種子消毒を徹底する

軽量培土を用いたイネもみ枯細菌病の発病抑制

これまで上記の技術を組み合わせ、水稲の育苗期間中におけるもみ枯細菌病の防除の徹底を図ってきたが、従来から培土の主流とされてきた「砂壌土や粘土鉱物を主な母材(100%含有)とした床土」と、培土の軽量化を目的とした「有機物などを母材とする軽量培土」(以下、軽量培土)(図2)を用いて育苗した場合に、軽量培土では本病の発生が大幅に抑制される事例が確認された(図3)(3)。
軽量培土での発病抑制効果は、年度や有機物母材の種類を問わず再現され、種子消毒剤を併用した場合でも同様な効果が認められている。一方、マット状の鉱物繊維を母材とした軽量培土では発病抑制効果が認められず、この効果の差は、母材の種類が影響しているものと推察される(図4)(4)。

  • 図2.有機物含量の異なる育苗培土
    A. 軽量培土と慣行の培土(粉状培土)を用いて育苗する様子。主な軽量培土の母材は、やし殻やピートモス(植物が堆積し腐植化した泥炭)、ココピート(ココナッツの皮を堆積、醗酵)、籾殻薫炭、活性炭及び木炭など。
    B. やし殻60%含有の軽量培土(A-1)。A-1の炭素含有量(T-C(%))は5.1、C/N比は25.5
    C. 砂質土・粘土100%の粉状培土(B-6)。B-6の炭素含有量(T-C(%))は0.1、C/N比は2.5

    A-1、B-6は同一メーカーの資材。矢印は水に浮く培土の母材を示す。
  • 図3.育苗培土の違いが発病に及ぼす影響
    上)軽量培土
    下)慣行の培土:砂壌土や粘土鉱物を主な母材(100%含有)とした床土

 

  • 図4. 市販育苗培土ともみ枯れ細菌病の発病との関係
    引用文献4の情報をもとに作成

    注1)慣行は砂壌土や粘土鉱物を主な母材(100%含有)とした床土 
    注2)図中のN.Dは未調査を表す
    注3)試験にはもみ枯細菌病汚染籾を供試した 
    注4)発病度:個体ごとの発病程度を加味した試験区ごとの発病指数
    注5)図中の四角で囲った点線は発病抑制効果の認められた軽量培土

各種培土の土壌理化学性等について

これら培土に共通する特徴を調べるため、土壌物理性、理化学性について調査した。発病抑制効果を示した培土では共通して炭素含量(T-C)及びC/N比が高かった。培土として利用されている有機物の種類は様々であるが、これらには軽量化のため、約30~70%程度の有機物母材(図2,4)が使用されており、その種類に関わらず、発病抑制効果が認められている。

育苗培土中の細菌相の特性

培土に含まれる有機物がもみ枯細菌病の発病抑制に関与していることが示唆されたため、発病抑制に係るメカニズムを解明することを目的とし、培土中の細菌相調査を行った。その結果、軽量培土では土壌中の細菌由来のDNA量が明らかに多いことが確認され、その種類も豊かであることがわかった(表1)。
一般的に細菌を含む微生物相が単純な状況では、病原菌が増殖しても抑制する微生物が存在しないため、病害の発生が甚大になる事が多い。これを回避するため、環境中の微生物バランスを「有害な微生物に比べて有用又は無害な微生物を多く保つ」ことが重要であり、軽量培土については有機物を含有することで、砂壌土や粘土鉱物を母材とした床土よりも、豊かな微生物相が形成されることから、もみ枯細菌病の発病低減効果が発揮されると考えられる(5)。

  • 表1.各種育苗培土の発病と培土中の細菌相の特性(引用文献4の情報をもとに作成)

おわりに

軽量培土は近年の軽労化ニーズに対応し導入が始まった。さらに細菌性病害に対する発病抑制効果が見いだされたことから、富山県内での令和5年のシェア(全農取扱分)は約19%まで増加している(図5)。特に種子生産現場では、本病害に対する危機管理意識が高く、近年、軽量培土へ全面的に切り替えを目指し、本県種子協会では軽量培土の使用推進と一部導入助成を行っている。
一方、本技術はもみ枯細菌病の増殖抑制技術として活用できるが、菌量を完全に抑制することは出来ない。また、育苗期に発生する全ての病害に対応できるわけではない。これまで実施してきた防除対策を今一度確認し、総合的な防除を行う必要がある。
新しい技術を導入しながら、種子消毒、きめ細かな温度・水管理を徹底することで、育苗期病害が発生しにくい環境をつくり、高品質米生産の第一歩となる健苗育成に努める必要がある。

  • 図5.県内の取り扱い培土における軽量培土シェア率の推移

    注1)全農富山県本部取り扱分
    注2)軽量培土:慣行比、比重0.6以下のもの
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ISSN 2758-5212 (online)