逵 瑞枝
はじめに
タマネギは毎日の食生活に欠かすことのできない重要な野菜品目のひとつであり、北海道・兵庫県・佐賀県をはじめとする全国の産地で年間約130万tが生産されている。ところが近年、タマネギ球内部に発生する腐敗が全国的な問題となっており、価格高騰・流通不安定を起こす原因のひとつとなっている。病原体は複数種の細菌で、その種類は産地や作型によってさまざまであり、腐敗の症状も病原体によってそれぞれ異なる。本病防除には農薬が大切であるが、病原細菌の種類によって薬剤への感受性も異なるので、効果的な防除のためには病原体の見極めが重要である。ここでは、病原細菌の種類とその症状の特徴について簡単に紹介する。
症状と病原細菌
タマネギの作型には、おもに兵庫県淡路島や佐賀県のような秋まき作型と、北海道のような春まき作型がある。岩手県・秋田県・福島県のような新興の産地では気候や他作目との作業分散のため、両方の作型を組み合わせて栽培が行われることもある。タマネギ球に腐敗を起こす病害としては、おもに軟腐病・腐敗病・りん片腐敗病の3種が知られているが、現在全国的に問題となっているのは、「内部腐敗」「一枚腐れ」などとも呼ばれる腐敗病とりん片腐敗病である。これらの病害では、タマネギ球全体がどろどろに軟化腐敗する軟腐病(1)とは異なり、りん茎の外形は保たれたまま、内部の1~2枚のりん片に水浸状腐敗(りん片の組織が透き通った乳白色、淡褐色、黄褐色等になる)や軟化腐敗が起こる。このため、外観から腐敗球を見分けることは極めて難しい。
タマネギ腐敗病であるが、病原細菌はBurkholderia属に属する4種(Burkholderia cepacia complex、以下Bcc)と、Erwinia属の2種(Erwinia rhapontici, E. persicina)、Pseudomonas属の4種(Pseudomonas marginalis, P. allii, P. kitaguniensis, P. viridiflava)である。Bccによる腐敗は6~9月の高温期、収穫時期から貯蔵中にかけてりん茎に発生する。内側のりん片1~数枚に水浸状腐敗が起こり、腐敗球からは、軟腐病とは異なる特有の甘い臭い(vinegar-like odor)がする(2)(図1a)。Bccによる腐敗では、立毛中の葉の症状はほとんど見られないが、害虫であるネギアザミウマの食害が増えると、Bccによる腐敗も増加することが報告されている(3,4)。一方、Erwinia属およびPseudomonas属細菌によるタマネギの腐敗は、春季に発生することが多い。病徴はまず葉に水浸状病斑として現れ、病斑は徐々に拡大して葉全体が枯死する。罹病株のりん茎には軟化腐敗が生じ、重篤になるとりん茎の外皮(鬼皮)を残して消滅する。Erwinia属細菌の2種では赤桃色(ピンク色)、Pseudomonas属細菌の4種では乳白色、淡褐色、淡紅色等の軟化腐敗が起こる(5)(図1b,c)。さらに、病害の発生時期の違いから、Erwinia属およびPseudomonas属細菌による腐敗病はおもに秋まき作型で問題となるが、Bccによる腐敗病は、作型を問わず、全国の産地で問題となっている(図2)。
一方、タマネギりん片腐敗病であるが、病原細菌はBccとは異なる系統に属するBurkholderia属細菌でイネもみ枯細菌病菌の一種でもあるBurkholderia gladioli(6)と、イネ内穎褐変病菌でもあるPantoea ananatis(7)である。どちらの病原細菌においても、内部のりん片に乳白色や淡褐色、黄褐色の水浸状腐敗が発生し、りん茎の腐敗症状はBccによる腐敗病とよく似ている(図1d)。B. gladioliによるりん片腐敗病は、国内では北海道の春まき作型において初めて報告されたが(6)、現在では東北地域の春まき作型、兵庫県の秋まき作型でも発生している(8)。P. ananatisによる病徴は、多くの場合、育苗時の「葉切り」の作業により感染が拡大する先端葉枯れ症から始まり(9)、収穫時期から貯蔵中にかけてりん茎内部に腐敗を起こす(7)。P. ananatisによるりん片腐敗病もBccと同様、全国的に問題となっている(図2)。
防除
細菌による病害では、いちど感染した植物体内から病原細菌を駆除することは不可能である。また、上記に紹介したタマネギ腐敗の病原細菌の多くは、さまざまな植物に多様な病害を起こす「多犯性」の病原体であり、耕作を行う環境には普遍的に存在するため、圃場から根絶することは難しい。さらに、細菌は糸状菌(カビ)に比べて増殖が速いため、ひとたび病害が発生すると、短い時間で感染が拡大し大きな被害をもたらす。よって、症状が見られる前の適切な殺菌剤散布や、伝染源となる罹病残渣の除去等の耕種的防除方法を組み合わせた「予防型」の防除が重要である。
引用文献
- 田部井英夫・吉田孝二(1952)「玉葱の細菌性腐敗病(心腐病)に就いて」日本植物病理學會報XVI: 3–4.
- 逵瑞枝ら(2019)「東北地域のタマネギりん茎に発生した腐敗症状の病原細菌について」日本植物病理学会報 85: 205–210.
- 横田啓・福田拓斗(2016)「岩手県のタマネギ春まき作型におけるネギアザミウマ被害実態と有効薬剤」北日本病虫研報67: 154–158.
- 逵瑞枝ら(2019)「ネギアザミウマ食害痕がBurkholderia cepacia complex 細菌によるタマネギ腐敗病におよぼす影響について」日本植物病理学会報 85: 296.
- 大内昭ら(1983)「タマネギ腐敗病を起こす2種の病原細菌,Erwinia rhapontici (Millard 1924) Burkholder 1948およびPseudomonas marginalis pv. marginalis (Brown 1918) Stevens 1925」日本植物病理学会報 49: 619–626.
- 田中民夫・青田盾彦(1990)「Pseudomonas gladioliによるタマネギのりん茎腐敗」日本植物病理学会報 56: 393.
- 白川隆ら(2010)「Pantoea ananatisによるタマネギ鱗茎腐敗症の発生」日本植物病理学会報 76: 176.
- 逵瑞枝(2022)「東北地域のタマネギりん茎に発生する腐敗性病害の病原細菌とその薬剤感受性について」植物防疫76(11)589–596.
- 守川俊幸ら(2014)「Pantoea ananatisによるタマネギの被害と育苗期の防除」関東東山病虫研報 61: 175.