若山 健二
はじめに
根こぶ病は、アブラナ科野菜の典型的な難防除土壌病害である。連作障害の要因の一つであり、感染後では有効な対策手段がないため、栽培前にその圃場がどのような汚染状態なのか、発病のしやすさ(発病ポテンシャル)を事前に知ることで発病しにくい環境を整備する必要がある。発病を恐れて一律に薬剤を投入するのではなく、考えうる様々な防除を組み合わせる、いわゆるIPM(総合的病害虫防除管理)を実践することで対処していきたい。本稿では、具体的にどのような流れで対処するのかを紹介する。
重要な圃場管理戦略
根こぶ病に対する圃場管理戦略は本病のみに適応するものではなく、他の土壌病害にも共通する対策であり、その病害の発生条件に合わせて組み立てればよい。
① 圃場に持ち込むリスクの低減
病原菌は汚染圃場からなんらかのファクターで侵入するが、自然要因と人的要因とに区分される。自然要因としては、洪水などによる汚染水流入、汚染圃場の土壌が乾燥し、風によって移動、野生動物の侵入などが考えられる。人的要因としては、汚染した潅漑水を汲み上げて圃場に散布する、地床で育苗した汚染苗を圃場に定植する、汚染水で感染したセル苗を定植する等が考えられる。最も大きな人的要因は、汚染圃場で使用した長靴や農機具を洗浄・消毒せずに使い回すことが考えられる。病原菌の持ち込みの可能性がある場合は洗浄、次亜塩素酸カルシウム剤などによる消毒が推奨される。
② 汚染した圃場からの拡大防止
根こぶ病の発生は通常、汚染土壌の移動により感染拡大するので、圃場全体に均一に発病することは少なく、圃場の出入り口部分から発生することが多い。圃場の発病状況を常に観察し、昼間に萎れている株の根を調査して発病を確認したら、その部分の2倍程度の面積の作土を取り除く。根こぶ病抵抗性品種の導入検討と土壌pH適正化を行う。土壌pHが中性〜アルカリ性(pH6.6以上)では発生が少なく、pH6.5以下では発病しやすいので石灰窒素や苦土石灰、転炉スラグなどでpH7.2を目標に調整する。水はけの悪い圃場では、明渠を設けるとともに硬盤層をプラウなどで破壊して排水性を高めておく。
③ 病原菌が定着した場合の圃場管理
圃場の発病ポテンシャルを評価する方法は、休眠胞子の直接検鏡法、セルトレイポット試験により発病を確認する方法、遺伝子診断法が開発されている。土壌中の根こぶ病菌休眠胞子量を測定し、汚染度を確認することで的確な防除策を講ずることが可能となる(4)。
防除対策として薬剤による防除は有効だが、>100,000個・休眠胞子/g土壌となると、あまりにも病原菌密度が高く、薬剤防除のコストに見合う効果は望めない。その場合には、作物の変更や「おとり植物」による病原菌密度の低減を行う。
薬剤を利用する場合は薬剤ごとの作用性にも留意する。フルスルファミド剤(FRAC:36)、フルアジナム剤(FRAC:29)は根こぶ病の休眠胞子を殺菌するのではなく、発芽させない静菌的な作用であり、アミスルブロム剤(FRAC:21)は休眠胞子の発芽には作用せず遊走子に対する殺菌作用を持つ(9)。フルスルファミド剤、フルアジナム剤を利用する場合は、収穫後も休眠胞子の発芽が抑制されるので、「おとり植物」による休眠胞子の低減効果は期待できない(6)。一方、アミスルブロム剤は「おとり植物」と組み合わせて利用できる。「おとり植物」により休眠胞子を発芽させ、その遊走子をアミスルブロムで死滅させることが可能なので、ハウス栽培で次作もアブラナ科野菜を連作する場合には、コストは高くなるが積極的に菌密度を低減させる策としてこの方法を利用する(9)。
病原菌量の測定
病原菌量の測定には、これまで、以下のような方法が提案されている。
① 直接検鏡法
土壌中の休眠胞子を精製して蛍光染色を行い、蛍光顕微鏡で検鏡して菌量を測定する。手法が煩雑で、多数の検体を処理するには不向きである。検出限界は≧10,000個休眠胞子/g土壌である。
② 生物検定法
セルトレイ底面給液生物検定法は、セルトレイに検定土壌を入れ、根こぶ病抵抗性遺伝子を持たないハクサイ種子(無双)を播種し、不織布をセル穴から垂らして底面吸水させて30〜45日間栽培後に根こぶの着生程度を観察する(図1)(7)。検定に時間がかかるので事前の準備が必要であるが、薬剤効果の検定にも利用可能である。
③ 遺伝子診断法
PCR法(5)、qPCR法(1)、LAMP法(10)があり、土壌採取して送付するだけで菌量データを取得できるサービスがあるので利用したい。特にLAMP法は、検出精度が≧1,000個休眠胞子/g土壌と高く、様々な土壌でも安定した再現性があり、1検体あたり¥3,500(10検体で¥35,000)と経済性にも優れている(10)。
汚染程度に合わせた防除法
発病と相関の高い要因は、以下の3点である。
1. 過去に発生歴があるか、特に前作の発病はどうだったのか?
2. 土壌のpHは適正か?
3. 土壌の菌密度(汚染度)はどの程度か?
これらを踏まえて、診断に基づいた対応策フローを作成した(図2)。
① 土壌pHの適正化は、根こぶ病防除の基本であるからアブラナ科野菜栽培では必ず行う。前年までの発生履歴が無く休眠胞子を検出しなければ、防除の必要はないので観察を継続する。休眠胞子を検出した場合、汚染度合いに合わせて対策を選択する。汚染度が<1,000個・休眠胞子/g土壌の場合は観察継続を行う。
② 1,000〜9,999個・休眠胞子/g土壌の場合は発病の可能性があるので薬剤のセル苗灌注処理を行う。この程度の低い汚染度の場合にはペーパーポット苗の導入でも根こぶ病の発生を抑制することが報告されている(3)ので、圃場全体に薬剤を投入することは経済的にも必要はない。
③ 10,000〜99,999個・休眠胞子/g土壌までは薬剤での効果が期待できるのでセル苗灌注+全面土壌処理を行う。
④ さらに汚染度の高い100,000≦個・休眠胞子/g土壌では薬剤コストに見合う防除効果は期待できないので、おとり植物を利用して積極的に休眠胞子の低減を行うか、あるいは作物の変更を検討する。
発病履歴を記載した圃場の「汚染マップ」作成は、自分の圃場の管理だけでなく、その地区での情報を共有することで、こぶ病の汚染拡大を効率的に抑制することが期待される(8)(図3)。
低汚染でも発病する高病原性が確認されている島原菌に悩まされている長崎県のブロッコリー栽培では、遺伝子診断法(LAMP法)により根こぶ病菌密度を圃場ごとに地理情報(GIS)のアプリを活用して見える化し、処方箋を提示した、根こぶ病対策の意思決定ツールの活用例についての報告がある(2)。生産者とJAの営農指導員が根こぶ病の汚染度の情報を地域で共有し、営農指導が行われた結果、2年間で耕種的防除の基本となる土壌pH適正化のための石灰資材購入量は41.2%増加し、高汚染圃場ではそれまでほとんど使用されていなかった生物的防除のおとり植物種子購入量が591.3%増加した一方、化学的防除の薬剤購入量は33.6%減少した。このように病原菌の汚染度を知ることにより、薬剤の過剰使用を抑え、適正な防除を導入できることから、根こぶ病の防除においてIPMの実践が行われることが示された。今後もデータに基づいた適正な防除が様々な地区で実践されることを期待したい。
引用文献
- 猪苗代翔太・瀬尾直美・大坂正明・板橋建・丹羽理恵子・松下裕子・吉田重信(2018)「宮城県の畑土壌におけるアブラナ科野菜根こぶ病菌のqPCR による定量法の有効性」土と微生物72(2):94-99.
- 大林憲吾ら(2024) 「ブロッコリー根こぶ病対策の意思決定支援ツールの開発・実装―島原雲仙地域における根こぶ病発生の実態と対策の検証―」農業情報研究33(1):44-58.
- 清水寛二(1983)「ペーパーポット利用によるカブ根こぶ病の耕種的防除法」植物防疫37(8):319-322.
- 鈴木啓史・辻朋子・黒田克利(2015)「キャベツ根こぶ病の発病ポテンシャルの評価とそれに応じた殺菌剤による防除」植物防疫69(10): 634-639.
- 村上弘治・金戸有希子(2012)「PCR 法による日本における土壌中のアブラナ科野菜根こぶ病菌の検出」土と微生物66(2):70-74.
- 村上弘治・對馬誠也・畔柳有希子・宍戸良洋(2003)「おとり植物によるアブラナ科野菜根こぶ病の防除効果に及ぼすフルスルファミド粉剤の影響」日本土壌肥料学雑誌74(1):65-68.
- 吉本均・前田和也(2001) 「セルトレイ底面給液によるハクサイ根こぶ病菌の菌密度及び病原性の簡易生物検定法」 和歌山県農林水産技術センター研究報告 2:143-148.
- 若山健二(2019)「次世代土壌病害診断に基づくIPM の実践と活用」、農業情報学会(編) 新スマート農業―進化する農業情報利用― 農業統計出版 pp.416-417.
- 若山健二(2019)「新規土壌用殺菌剤アミスルブロム(オラクル®粉剤・顆粒水和剤)の特徴と使い方」植物防疫66(10):573-581.
- ニッポンジーンマテリアルホームページ「根こぶ病診断」(2024年6月28日閲覧)