アブラナ科野菜の脅威 根こぶ病 −1―(感染・発病条件)

若山植物病院®️
若山 健二

はじめに

キャベツやハクサイを栽培しているときに、地上部の葉や茎に病斑は見られないのに日中に萎れ、夕方には回復するものの、生育が停滞し始めた。特に晴天が続いた後には、異様な萎れが見られるようになった。地下部に問題があるかもと根を引き抜いたら「こぶ」を発見した、という経験はないだろうか?
根に「こぶ」を形成する障害の原因としては、ネコブセンチュウか根こぶ病のどちらかを疑うことになる。ネコブセンチュウは500種以上の植物に寄生する多犯性のセンチュウで、ウリ科のキュウリ、スイカ、メロンなど、ナス科のトマト、ナス、ピーマンなどに被害を及ぼす。根のこぶそのものは小さく、根がところどころ膨れるか、数珠状の多数のこぶが現れる(図1)。
一方、根こぶ病はハクサイ、キャベツ、ブロッコリーなどのアブラナ科野菜のみに発生する。感染した根に特徴的な大きなこぶを形成することで、維管束が圧迫されて水分と養分の吸収が制限され、地上部は生育不良となり、萎凋・枯死する。連作障害の原因の一つとされる土壌伝染性の重要な病害である(図1)。診断を誤ると対策が遅れ、汚染を拡大させ被害地域も拡大してしまう。

  • 図1. 根こぶ病とネコブセンチュウ

根こぶ病とは

根こぶ病はPlasmodiophora brassicaeと呼ばれる病原菌によって引き起こされる。以前はネコブカビと呼ばれ、カビ(糸状菌)の仲間とされたが、この病原菌は糸状菌、細菌、アメーバでもなく、原生生物に属する。
根こぶ病菌は休眠胞子と呼ばれる土壌粒子と同程度の大きさの非常に小さい胞子(3.2μm)を作り、この胞子が土壌を汚染する。その名の通り、休眠する胞子は耐久性で土壌中に7〜10年以上、最長17年の生存報告があり、土壌中で感染できる植物が栽培されるのを待っている。過去にハクサイを栽培し、根こぶ病の被害があり病害回避のためにレタスに転作したが、数年後に再度ブロッコリーを栽培した途端、根こぶ病の被害が発生した事例がある。発生履歴がある圃場では、罹病対象となるアブラナ科野菜の栽培には注意が必要である。

根こぶ病菌のライフサイクル(図2)

休眠胞子は通常土壌表面から10cm程度の浅い層に多く存在し、宿主植物の根から滲出する発芽誘因物質に反応し、1つの遊走子を放出する。数日内に遊走子は土壌粒子間の水中を遊泳し、根毛に第一次感染する。土壌が乾燥していると遊走子は根毛に到達しにくい。汚染度が高い土壌でも乾燥が続く年には感染が低く抑えられる理由である。
休眠胞子は土壌中で7〜10年という耐久性があり、休眠胞子から発生した遊走子の一次感染から二次感染まで10〜14日程度という短期間で感染が成立、45日程度で目に見えるこぶ形成で発病に至る。
根に形成されたこぶは急速に腐敗することで、休眠胞子は土壌に還元される。根のこぶには1細胞当り数千から数万の休眠胞子、罹病根には数十億個の休眠胞子が形成されるため、最短60日程度という短いサイクルで感染〜発病〜土壌汚染を繰り返して爆発的な土壌汚染を起こす。加えて、第二次遊走子を土壌に放出して遊走子同士を融合させることで遺伝的な多様性を作り出し、短期間に抵抗性品種を打ち破る(ブレイクダウン)システムまで備えている。
一般的に根こぶの腐敗・崩壊はキャベツ>ブロッコリー>ハクサイの順に早く進むので、調査する時期を誤ると根のこぶが既に崩壊していることがあるので注意が必要である。ちなみに、根こぶ病菌はアブラナ科植物の持つ辛み成分であるメチルイソシアネートから植物ホルモンであるインドール酢酸を合成して細胞を肥大させ、「こぶ」にする。そのため、根にこぶを形成し、根こぶ病を発病させるのはアブラナ科植物のみである。アブラナ科植物以外の根にも第一次感染は可能だが、こぶ形成して発病しないのはこのためと考えられる。この性質は葉ダイコン、エンバク、ホウレンソウ等をいわゆる「おとり植物」として栽培して菌密度を低減する方法に利用されている(2)。

  • 図2. 根こぶ病菌の生活環

根こぶ病の好適な感染・発病条件からみた有効な対策(表1)

根こぶ病菌が存在していれば、いつでも感染・発病をするわけではない。定植後に効果のある耕種的対策はなく、薬剤も感染前にしか効果がないので、対策は定植前に計画しておく必要がある。
感染には好適条件があるので、IPMの観点からも被害を防ぐにはその条件を事前に精査し、予防的に避ければ良いということである。栽培前に土壌の汚染状態はもとより、発病しにくい環境を整備することで適切な対策を行うことが出来る。気象条件としての多雨、排水性の低さは遊走子遊泳に適するので発病を助長する。土壌硬度計で硬盤層が表土の何cm下にあるのか貫入抵抗値を測定しておく。土壌pHは酸性条件で発病しやすく、pH6.6を境界にして発病しにくくなるので、必ず苦土石灰や転炉スラグを投入してpH7.2を目標に設定しておく。発病には季節性があり、日長が長い時期や(11.5時間以上)、気温18〜25℃で発病しやすくなるので栽培の時期にも注意する。
ハクサイ、カブ、キャベツ、ツケナ類等では多くの抵抗性(CR)品種が育成され利用されているが、その場所の根こぶ病菌個体群によって抵抗性の程度は異なる。CR品種の導入にあたっては、事前にポット試験を行い、有効性の有無と程度を確認しておく必要がある。導入後は罹病化(ブレイクダウン)の可能性があるので、連用は避けたい(2)。また、圃場やその周辺の5種のアブラナ科雑草がアブラナ科野菜への根こぶ病伝染源になる場合がある(3)。このうちナズナに寄生する根こぶ病菌個体群は同一圃場の野菜根こぶ病菌と病原性が一致することが確認されており、タネツケバナとスカシタゴボウの根こぶ病菌は野菜に感染を繰り返すと個体群内の野菜型菌系が選択的に増殖し、野菜に典型的な被害をもたらすようになるのではないかと推察されている(1)。
土壌の汚染程度は根こぶ病菌の菌密度から判断できる。おおよその菌密度を知るには、生物検定(セルトレイ検定法)や土壌のサンプルを送付して菌密度を測定するサービスが利用できる。圃場の汚染程度を知り、地理情報(GIS)を活用することにより、IPMを実践したい(4)。

詳細な圃場管理戦略や汚染程度に合わせた防除法については、次稿で述べる。

  • 表1. 根こぶ病の発病条件
このページの先頭へ戻る
ISSN 2758-5212 (online)