稲田 稔
はじめに
イチゴうどんこ病(図1)は、育苗期(春~秋)から本圃(秋~翌春)の栽培期間を通じて発生する。特に果実に発生すると商品価値が失われ大きく収量が減少するため(図2)、安定生産には本圃での薬剤防除が不可欠である。しかし、年によっては、薬剤防除を行ってもどうしても果実被害が止まらない場合がある。じつは本圃(秋~翌春)における果実での発生は、育苗期における病原菌の越夏状況に左右される。本稿では病原菌に対する夏の気温の影響と、病原菌の越夏を抑える育苗後期の薬剤防除の重要性について佐賀県における研究成果を紹介する。
うどんこ病は夏に減少するように見えるがひっそりと伝染を繰り返している
本病の病斑は病原菌の菌糸や分生子そのものであり、標徴(ひょうちょう)と呼ばれる。進展期にあたる春および秋には標徴に多量の分生子を形成し、目に見えて発生が増加しているのがわかる。一方、気温が上昇する夏には、新たに展開した葉での発生は肉眼では認められず、また春~初夏の育苗期間中に生じた発病葉は、過繁茂を避けるために自ずと管理作業中に除去されるため、発生程度は大きく減少するように見える(図3)。
しかし、夏の高温期の苗の葉を顕微鏡で観察すると、高温期以前に発病し、痕跡状に変化した標徴(図4)や、肉眼では標徴が認められない上位葉において、分生子の形成が認められる場合がある。つまり、本病は発生が減少する夏の高温期においても、肉眼では見えない状態で分生子形成と上位葉への伝染をひっそりと繰り返しているのである(2)。
苗での病原菌の越夏程度は夏の気温の影響を強く受ける
本病原菌の感染・発病の適温は20~25℃で、30℃以上では発病しないことが知られている(3)。そこで、育苗期の7月~8月の気温と、本圃での初発時期にあたる10月の発生程度との関係について解析した。その結果、期間中の30℃以上の積算時間はその後の発生程度と相関しなかったが、30℃以上の気温が8時間以上となる「高温日」が16日程度連続した年は分生子形成が大幅に抑えられ、その後の発生も抑制されることが確認された(2)。真夏日(最高気温30℃以上)や猛暑日(最高気温35℃以上)が連続すると、我々人間だけでなくうどんこ病菌も大きなダメージを受けるようである。一方、冷夏の年は高温による病原菌の抑制効果が弱まり伝染が活発となるため、本圃での栽培初期から本病が多発生する事態になりかねない。このような苗における病原菌の越夏程度への理解は、本病の効果的な防除のために重要である。
育苗後期の薬剤防除は本圃での発生の抑制に有効
本圃における果実被害を出さないためのポイントとなるのが、育苗後期の薬剤防除であり、病原菌の越夏を抑えることが、秋以降の発生抑止に非常に有効である。筆者は、耐性菌の発生リスクが低い水和硫黄剤(商品名:イオウフロアブル)やDBEDC乳剤(商品名:サンヨール)などを用いて、育苗後期の薬剤防除によるうどんこ病の発病抑制効果を調べた。その結果、「無防除」において本圃定植後の10月9日の発病小葉率が29.2%と早期から発生した条件下で、「30日間隔薬剤防除」は防除効果を示し、発病小葉率は9.3%(防除価68)であった。さらに同薬剤による「10日間隔薬剤防除」は発病小葉率0.5%(防除価:98)と高い防除効果を示した(表1)。なお、育苗期の苗の複葉数は3~4枚で管理され、全ての複葉が入れ替わるのに1か月程度を要することから、定植時の複葉の感染防止を図るため、薬剤散布は8月中旬~定植前まで実施する必要がある。
果実は葉に比べて発病しやすく、薬剤の防除効果がどうしても低下する。このため、より確実に果実の被害を抑えるには、慣行の定植後からの薬剤防除に加え、夏の育苗後期のうちに薬剤防除を行い、菌密度を低下させておくことが重要である。
おわりに
イチゴうどんこ病菌は、他の植物にはほとんど感染せず、おもにイチゴで増殖を繰り返す絶対寄生菌であり、イチゴ苗や株上で伝染を継続して生存する(1)。そのため本病による果実の被害を防ぐには、夏の育苗後期の薬剤防除をしっかりと行い、感染リスクが低い苗を本圃に定植することが重要である。一方、近年は夏に高温となる年が多く、本病の苗での越夏が抑制されやすい条件になっている。ただし、気象条件は年度や地域で異なり、また本病の発生程度も品種や育苗方法により異なるため(4,5,6)、各産地において病原菌の越夏が抑制される気温条件を考慮することで、状況に応じた的確な薬剤防除が可能となり、より効果的な防除対策の実施につながると考えられる。
引用文献
- 我孫子和雄(1982)「Sphaerotheca humuli(DC.)Burr.の寄生性分化に関する研究」野菜試験報10:69-74.
- 稲田稔(2014)「イチゴうどんこ病の苗での越夏」九州病害虫研究会報60:30-36.
- 山本勉・金磯泰雄(1983)「イチゴうどんこ病の発生生態と防除に関する研究」徳島試特別報告 No.6.
- 岡山健夫(2023)「高品質のイチゴはうどんこ病に弱い、その対策は?」 i Plant 1(6).
- 平山喜彦(2024)「3大病害に対するイチゴ品種の耐病性」 i Plant 2(2).
- 岡山健夫(2024)「イチゴのブランド品種を支える病害防除技術」 i Plant 2(2).