菅原 敬
はじめに
家庭菜園で栽培されるトマトやナスは、素人でも上手く作れば店先に並んでいる商品と遜色のないものが出来て、収量もある程度得られる。しかし、庭で育てるバラやキクは今一つ店頭の品質に及ばない。さらにトルコギキョウ、カーネーション、デルフィニウムなどは庭先できれいに咲かせるのは困難である。なぜなのかを考えてみたい。
花き類は病害に強い品種がほぼ皆無
営利栽培される花き類、特に施設で栽培される多くの品目は外国から導入されたものであり、日本の高温多湿な夏と寒冷な冬を繰り返す気象条件や、本来とは異なる時期に咲かせる栽培法、また連作を強いられる等により様々な病害が発生している(図1,2)。中でも草本類(草花類)は野菜と共通する病害が多いため比較されることが多いが、病害防除の面では大きな違いがある。野菜類では耐病性品種の育成が重要な育種目標であり、様々な病害に対する耐病性品種が育成、利用されている。例えばトマトは家庭菜園向けの市販苗でも萎凋病、半身萎凋病、トマトモザイクウイルスなどに対する抵抗性が付与され、さらに土壌病害に抵抗性を持つ台木を接いだ苗がごく普通に売られている。葉菜類では複数のべと病菌のレースに抵抗性を持つホウレンソウや根こぶ病に耐性のハクサイ種子なども入手できる。一方、花き類では、草姿の美しさが最大の育種目標であり、花弁の形状や色、大きさ、開花の早晩などが重視され、病害抵抗性をもつ品種はごく一部にとどまる(1)。1,000種類以上もの品目が栽培され、さらに品種数が多いうえに流行の変遷が激しいこと(2)から抵抗性を付与するまでには至らないのが実情である。
花き特有の防疫管理
花き類は花だけでなく葉や茎も商品である。病斑や食害痕、枯れ込み、薬害などがあれば出荷前の選別時に落等または規格外となる。花弁や若い葉は組織が柔らかいため、灰色かび病をはじめとする病害に罹りやすく、薬害も生じやすい(図3)。このため防除は開花期の前に行うのが常識となっている。さらに登録されている農薬は極端に少ない。加えて水和剤等の薬剤による汚れ(薬斑)も品質を落とすため、防除剤の選定には注意をしなければならない。こうした過程を経て選別・出荷されても、灰色かび病は流通中に発病することがあり、時には市場からのクレーム対象となる(図4)。このように花き類は、特有の防疫管理が求められている。近年、この状況を打開する手法として、紫外線(UV-B)や微酸性電解水(次亜塩素酸水)などによる防除が研究されている(3,4)。
咲かせるまでの手間も
病害防除とは無関係であるが、一般的に品質では茎が硬くて丈夫、葉がコンパクトで厚みがある、最後まで咲ききるなど、見た目の良さと鑑賞期間の長さ等も花き類の栽培では求められる。花首を硬く仕上げるために発蕾~開花期に灌水を制限する「水切り」や、輪ギク、バラ、カーネーションでは側芽を摘んで頂花に養分を集中させる摘蕾や摘花、トルコギキョウでは目標数以上の枝と花蕾の除去など、品目や生育ステージに合わせた管理がされている。
咲いたから収穫するのではなく、最良の状態で咲かせるための管理を経て店に並ぶ花き類。家庭園芸で生花店のような品質の花を作るのが難しい理由がここにある。
引用文献
- 小野崎隆(2015)「花きにおける病虫害抵抗性育種の現状と展望(病虫害抵抗性付与の品種開発シリーズ9)」植物防疫69:521-526.
- 宇田明・桐生進(2013)「花屋さんが知っておきたい花の小事典」農林漁村文化協会 22pp.
- 農研機構(2014)「光で花の病害虫を抑制する 紫外線(UV-B)光源の利用の可能性」17pp.
- 高川祐輔ら(2024)「微酸性電解水の通風気化処理によるバラ切り花の灰色かび病の発病抑制」日本植物病理学会報90:87-93.