野生動物の位置情報はどのように把握するのか?

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静岡県農林技術研究所伊豆農業研究センター
片井 祐介

筆者が勤務している伊豆農業研究センターわさび生産技術科は、伊豆半島のほぼ中心にある伊豆市に位置している。2019年発行の静岡県のレッドデータブック(1)では、伊豆半島のツキノワグマは絶滅しているとされていたが、2021年、2023年に相次いでシカ用罠に捕獲された。どちらも若いオスで異なる個体であり、幼獣は確認されていないため、定住し繁殖活動をしているか不明である。伊豆市の主要農産物であるワサビや原木椎茸の栽培管理は、山間地で作業することも多い。生産者からは、クマの危被害防止のため、捕獲したクマを放獣する時にはGPS首輪を付け、常時位置を把握することができないかとの要望がある。そこで、今回は野生動物の位置情報を把握する方法について紹介したい。

野生動物の位置情報を把握するため、これまで様々な方法が検討されてきた(2)。ラジオテレメトリに関する佐伯・早稲田の論文は、2006年に掲載されている(2)が、それから18年経過した現時点まで改良はされているものの、基本的には変わっていない。ラジオテレメトリとは、各種生物に小型の発信器などを取り付け、位置情報を得ることで行動や生態を調査する研究手法である。位置情報の把握方法として、主にVHFとGPSがあり、GPSについては、さらに遠隔で位置情報を収集できるタイプとできないタイプがある。
VHFは超短波(Very High Frequency)と呼ばれ、周波数30~300MHzの電波である。直進性が高く波長が比較的長いため、長距離での通信が可能である。VHFは動物に装着した発信機から電波を定期的に発信し、それをアンテナで受信することで位置情報を把握する。メリットとしては、発信機が比較的軽量で電池の消耗が少なく、サル用の装置で2~3年程度利用できる。しかし、電波を発信するだけなので、正確な位置情報を知りたい場合、同時に2点以上の方向から調査する必要があり、広域に複数のアンテナを設置するか、複数人でアンテナを持って常時追跡するなどコストを考えると広域で移動する個体の継続的な位置情報の把握は難しい。利用場面として、集落へ出没するサルを捕獲して装置を付け、集落周辺にアンテナ設置し、集落への出没を監視したり、重量のあるGPS装置をつける事が困難な鳥類や小型の哺乳類・魚類などの行動調査などに用いられている。
一方、カーナビや携帯電話で利用されているGPS(Global Positioning System)は、全地球測位システムと呼ばれ、人工衛星から受信機までの電波の到達時間をもとに3次元測位を行い、位置情報を算出するものである。本法は対象動物に受信機を装着し、複数のGPS衛星から電波を受信する必要がある。GPSは精度が高く、測位時間の設定次第で、時間別や季節別の詳細な位置情報の把握が可能である。しかし、VHFよりも電池の消費が大きく、サル用の装置ではVHFよりも2倍の重量があっても1年程度しか調査できない。データの回収方法は、調査期間が終了したら首輪が脱落するように設定し、その後首輪から発信される電波を利用して回収し、直接データを取り出す方法と、首輪から測位データを定期的に発信して、情報を通信で収集する方法がある。通信で収集する場合は比較的リアルタイムに位置情報を把握できるが、通信の有効範囲が平地でも数キロ程度と狭いため、移動範囲が限られ集落周辺に生息している個体にしか利用できない。 

このように、今の技術では広範囲を移動するクマの位置を常時把握することは、VHF、GPSのどちらの方法でも難しい。現在、衛星を利用して山間地など既存の携帯ネットワークでは圏外となっている地域でも通常の携帯電話で通信可能となる技術開発が行われており、それを利用すれば広範囲の行動をリアルタイムで把握することも可能と考えられる。しかし、バッテリーの持続性が制限要因となっており、これが劇的に改良されない限り、リアルタイムの位置情報を長期間把握することは困難なままであろう。

  • 図1. シカに装着したVHF(赤いリボン)及びGPS(黄色テープ)装置
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ISSN 2758-5212 (online)