井手 洋一
はじめに
ナシの病害虫防除では、乗用式の防除機「スピードスプレーヤ(以下SS(エスエス)、Speed Sprayerの略、落葉果樹の産地ではSSと称して会話されることが多い)」が広く使われている。運転席の後部に、タンク、複数の散布ノズル、大型の送風機が付いていて、送風機による風の力によって、左右および上方に薬液が噴射される。リンゴ、ナシ等の落葉果樹では必須の機械で、古くから利用されてきた。最近では、カンキツの病害虫防除、畜舎の消毒、ゴルフ場の防除等でも利用されている。
約20年前、ナシのSSの走行法と病害防除との関係について調査したので、その内容を紹介する。
薬液付着試験と防除効果試験をやってみると・・・1列おき走行の盲点
SSには、座席後方に大型のファンが取り付けられており、この大型ファンによる風の力で薬液を強制的に散布する。佐賀県のナシ栽培は全て棚栽培で、約4m間隔で植栽されていることが多い。植栽された樹と樹の間を走行しながら薬剤散布するが、SSで薬液を散布すると隣の列まで薬液が飛んでいるので、約20年前の当時は、約4m間隔の通路を1列おきに通って散布することが多かった(図1-左)。しかし、この1列おき散布には盲点があった。特にSSが通る列の真上において、薬液付着や防除効果の点で落とし穴があることがわかった。
薬液付着状況の調査用紙である「感水紙(もともと黄色い紙だが、水に濡れると青色に変わる)」を用いて、SSの走行方法と薬液付着の状況を調査した。すると、当時の慣行的な走行方法だった1列おき走行だと、SSが通らない隣の通路に設置した感水紙にはある程度薬液が付着するが、SSが通る通路の真上に取り付けた感水紙では、葉表側の薬液付着が著しく劣った。理由は以下のとおりである。
1 SSが通らない列については、SSが通る両側2列から薬液が到達する。このため薬液付着が良い。
2 SSが通る列については、SSの真下のみからの噴射である。それと、風圧で葉が閉じるため、葉表側の付着が劣る(図2-左)。
また、防除効果試験を実施した場合も、SSが通る列において黒星病が多く発生した。当時、生産者が「なぜかSSが通る列の方が黒星病が多い」と言われていたが、その現象と一致した。
全列走行による改善
4m間隔で植栽された圃場の全ての列をくまなく走行する全列走行で散布を行うと(図1-右)、薬液付着が大幅に改善されるとともに(図2-右)、ナシの重要病害である黒星病(図3)に対して高い防除効果が得られた(表1)。理由は以下のとおりである。
1 全列走行を行うことで、両隣の列とSSが通る列の真下の3方向から薬液がかかるようになる(図2-右)。
2 1列おき散布ではSSの真下のみからの噴射によって葉が閉じて葉表側の薬液付着が減少することが問題となっていたが、これは対象列の両隣からも薬液が散布されることで解消される(図2-右)。
3 全列走行では1列おき走行の約1.4倍の時間を要するが、SS散布の場合、もともとの散布の所要時間は約5分/10aと短いので、さほど作業する上で苦痛にならない(表1)。
これらの一連の研究成果をもとに、本県のナシ防除暦の冒頭には「全列走行が基本です」の文言が記載されるようになった。また、全国の多くの産地で全列走行の考え方が防除指導の中に取り入れられている。