羽田 厚
はじめに
リンゴ栽培における最も被害の大きい害虫は、収穫対象物である果実に幼虫が侵入して内部から食害するシンクイムシ類である。シンクイムシ類の防除費用は、リンゴ栽培の害虫防除費用のうち約半分を占めると言われている(1)。したがって、シンクイムシ類を効率的に防除できれば、防除費用を低減させることができ、ひいてはリンゴ生産者の所得向上につながると考えられる。効率的な防除のためには、シンクイムシ類の種を見分けることが重要であるため、本稿では見分け方のポイントについて紹介する。
シンクイムシ類の種を見分けることの重要性
日本でリンゴを加害するシンクイムシ類は主にモモシンクイガ、ナシヒメシンクイ、およびスモモヒメシンクイの3種である。モモシンクイガによる被害が最もよく知られているが、近年ではスモモヒメシンクイによる被害も多い。
シンクイムシ類の防除には定期的な薬剤散布が必須であるが、「シンクイムシ類」として登録されている薬剤だけでなく、「モモシンクイガ」や「ナシヒメシンクイ」のみで登録されている薬剤も存在する(2)。このことから、加害種を特定することで適切な薬剤防除が可能となる。また、モモシンクイガは5月下旬頃から果実に産卵を開始するが、スモモヒメシンクイによるリンゴの加害は8月下旬以降に多く見られること(3)、新梢先端を加害するのはナシヒメシンクイのみであることなど、これら3種は生態的特徴が異なることから、種ごとに対策が変わってくる。さらに、シンクイムシ類は二国間協議によって検疫することが定められている輸出検疫対象害虫であり、例えば台湾ではモモシンクイガ、インドではモモシンクイガとナシヒメシンクイが検疫対象害虫に指定されているなど、輸入国によって検疫上問題となるシンクイムシ類が異なる(4)。以上のように、適切な防除や生果実の輸出を行う上で、シンクイムシの種を見分けることは極めて重要となる。
シンクイムシ類の種を見分けるポイント
シンクイムシ類は、ごく小さい幼虫が果実内を食害するため、被害状況や幼虫の形態から見分けることは難しい(図1–6)。しかし、前述のように、これら3種は発生時期や新梢への加害の有無などが異なるため、おおよその推定をすることは可能である。表1に3種の特徴をまとめた。例えば、加害部位が果実だけでなく新梢にも見られる場合には、ナシヒメシンクイによる被害を疑う。一方で、モモシンクイガは果実のみを加害する。これはスモモヒメシンクイも同じだが、肉眼で観察できる卵が果実の「がくあ部」(果実先端のくぼみ)に集中し、色も赤みがかっている場合には、モモシンクイガによる被害を疑う。また、モモシンクイガは卵の近くから食入することが多いため、がくあ部に小さな穴が残り、透明な果汁がしみ出すことがある。果汁はしばらくすると白い痕として残るため、これも判断材料となる。なお、ナシヒメシンクイは樹皮下で、モモシンクイガは土中で越冬する(6)。
近年ではDNAの塩基配列に基づいた昆虫の識別も盛んに行われており、PCR法(微量のDNAから特定の部分を短時間で増幅する方法)を用いて3種のシンクイムシ類の幼虫を見分けることも可能となっている(5)。ただし、PCR法は個人で行うことは難しいため、シンクイムシ類の被害にお困りのリンゴ生産者の方は、各県の病害虫防除所や公設農業試験場に相談することをおすすめする。
引用文献
- 川嶋浩二(2008)「モモシンクイガの生態に関する基礎的研究」 青森県農林総研りんご試研報 35:1-51.
- 農薬登録情報提供システム(2024年4月2日閲覧)
- 新井朋徳ら(2009)「岩手県中部のリンゴ園におけるスモモヒメシンクイのフェロモントラップ誘殺消長と被害発生時期」 北日本病虫研報 60:238-244.
- 植物防疫所「二国間協議により検疫条件が定められている品目」(2024年4月2日閲覧)
- 羽田厚(2018)「リンゴ栽培における重要害虫であるシンクイムシ類の識別とナミハダニの遺伝的構造に関する分子生物学的研究」 岩手農研セ研報 17:1-22.
- 浅利正義・佐藤裕・舟山健(2012)「インターネット版防除ハンドブック リンゴの病害虫」 全国農村教育協会