江口 直樹
はじめに
農薬は病害虫防除にとって重要なアイテムであり、保護対象の果実や葉といった植物体や駆除対象の害虫に付着させることによりその効果を発揮する。薬剤を散布しても、これらの対象物に付着しなければ効果は発揮できない。“薬剤を散布すること”と“目的とする対象物にかかっていること”は別である。生産現場では手段である“散布”を重視し、目的の“かかっていること”が軽視されがちである。
果樹栽培では一般にスピードスプレーヤ(以下、SSとする)により薬液の散布を行う(図1)。SSは動力噴霧機により薬液を噴霧し、同時に送風を行うことにより薬液の到達性を高めている。薬液噴霧時に送風するSSの特性を理解することは、安全で効果的な病害虫防除をする上で重要である。薬液の到達しやすさや植物体への“かかりやすさ”は、SSのセッティングだけでなく、植物体の生育ステージ、栽培環境にも大きく影響を受ける(1)。本稿では、ニホンナシの棚栽培を例に薬剤散布の条件と薬液の“かかりやすさ”を紹介する。
薬液の“かかりやすさ”に影響する要因
① 散布量
散布量が少ないと薬液の付着に濃淡が生ずる“散布むら”を生じやすくなり、散布量が多いと均一に散布しやすくなる。しかし、散布量が多いと薬剤コストが高まるほか、薬液調整の回数や散布時間も増えるため散布労力が増大する。なお、散布量はSSの走行スピード、動力噴霧機の圧力、ノズルの薬液突出量の組み合わせにより決定される。
② 送風量
SSは送風量の多少により薬液の到達範囲が決まる。また、薬液は、枝葉を揺らすことにより葉の表裏にまんべんなく付着しやすくなる。茎葉が繁茂した7月に送風量を変えて薬液を散布し、感水紙(図2)により位置別の薬液の付着程度を評価したところ、送風量によらず、SSから遠い位置、高い位置ほど薬液は付着しにくかった(表1)。薬液の到達と植物体への付着を高めるためには、送風が非常に有効であることが分かる(表1)。なお、送風量が多いと、薬液の到達範囲は広くなるものの、周辺へのドリフトも発生しやすいため、注意が必要である。
③ ノズル
薬液を噴出するノズルには、散布角度が広い拡散型ノズルや、散布角度が狭い到達型ノズル、薬液の粒径を調節したノズルなどがあり、それぞれ特徴が異なる。SSは上方向や横方向など、多数のノズルを装備するが、配置される位置により散布角度や突出量が異なる。ノズルのセッティングは対象物への“かかりやすさ”に大きく影響するが、その詳細を把握する生産者は少ない。樹体の生育量に応じて、ノズルのセッティングを変更することも効果的である。SS購入時にメーカーに詳しい説明を求めるほか、ノズルメーカーに相談することが望ましい。
④ 樹体の生育ステージ(樹体の生育量)
繁茂した茎葉は、薬液到達の遮蔽物になるため薬液の到達距離や散布範囲が狭まるイメージがある。ニホンナシでは開花期に茎葉がほとんどなく、薬液がかかりやすいと思われがちである。しかし、開花直前の薬液被覆面積率は、SSから距離が近い所では茎葉繁茂期よりも低く、一方で、SSからの距離が最も遠い所では高くなり、より遠くへ到達していることが分かる(表2)。遮蔽物である茎葉が無い条件では、薬液が通り抜けやすく、薬液が植物体に付着しにくいと考えられる。
休眠期や生育初期は、病害虫の越冬場所である枝幹部に薬液を十分に付着する必要があるが、この時期は薬液が均一にかかりにくく、より丁寧な散布が必要であることに留意しなければならない。また、周辺へドリフトしやすいので注意する。
⑤ 自然風
風がある条件では、散布した薬液が風に流され、目的とする果実や茎葉に届かない。SSによる送風を行っても、自然風があると薬液が流される。自然風が強いほど横方向に流され、棚の上部へ届きにくくなる。このような自然風がある条件では、薬液は風下方向へ大きくドリフトする。そこで、目的とする果実や茎葉に薬液を到達させ、周辺作物へのドリフトを防止するためには、無風条件で薬剤散布を行う必要がある。一般的に無風になるのは早朝に限られるため、薬剤散布の好適時間帯は必然的に早朝になる。
⑥ その他の条件
植え付け間隔や枝の込み具合も薬液の“かかりやすさ”に大きな影響を及ぼす。ニホンナシでは棚仕立てが多いが、近年はジョイント仕立てや、トレリスを設置したY字仕立てなど様々な仕立て法があり、仕立て法によっても薬液の“かかりやすさ”が異なる。
おわりに
病害虫防除を目的とした薬剤散布は保護すべき植物体や害虫に付着しなければ散布の意味が無い。果樹園内で薬液がかかりにくい場所は、薬剤散布回数の増加や薬剤の種類を変えても、薬液がかからずに病害虫の発生源になる。“薬剤を散布すること”ではなく、“目的とする対象にかけること”を強く意識しなければならない。また、薬液が付着していることの確認方法として、本調査で用いた感水紙を利用できれば良いが、価格や作業性の面で現実的ではない。病害虫の発生状況を良く観察し、発生の多い場所や早い場所は“薬液がかかっていない”と捉え、病害虫の発生状況から間接的に薬剤の付着状況を把握して、薬剤散布方法を改善する。
また、スピードスプレーヤは送風により薬液の到達性を高めているが、その弊害としてドリフトしやすい特徴がある。周辺作物での残留基準値超過の事故を防ぐためにも、ドリフト対策を徹底しなければならない(2)。