濱本 宏
はじめに
2022年の10月にChatGPTの利用が公開され、「生成AI」といった言葉をニュースなどで耳にするようになってから2年になる。書店には活用指南書があふれるようになり、賛否ありながらも一般に広く利用されるテクノロジーとなった。日経テレコンで「生成AI」という言葉を検索すると、ChatGPTの公開の後半年とたたないうちに記事があふれていることがわかる。しかも、記事の内容はChatGPTそのものの説明よりも、それを何かに利用しようとする内容の方が多いことがわかる(図1)。すでに多くの方が植物の病害診断に「生成AI」を試されていると思うが、筆者も好奇心もあってChatGPTに問いかけを行ってみた。
生成AI・ChatGPT
筆者はOpenAIのChatGPT web版(1)を2023年の8月ごろから使用しており、診断の内容は、特に記載していない場合を除いて2023年10月から2024月4月にかけて行ったものが主であり、それぞれ重要な問いかけは最新(2024年8月)のChatGPTを用いて検証している。打ち込む質問の微妙な違いや、あるいは同じ質問をしても結果が異なることもあり、生成AIが時とともに成長していることを示しているのかもしれない。なお、それぞれの質問は、植物医科学(2)の記述をベースにそのほか教科書やインターネット上の記載を参照して作成した。使い方は非常にシンプルであり、ある相談事をすると、もっともな(と思える)解決策を箇条書きで提示してくれる(図2)。生成AIの実効性を検証するため紛らわしい質問も行い、得られる回答を検証した。
まぎらわしい病気の判断をさせてみる
まずは以下の4つの質問を投げかけてみた。
1)「トマトを栽培していますが、夏の暑い日に株全体の枝葉が急激にしおれます。どのようにすればよいですか。」
2)「トマトを栽培していますが、株全体の枝葉が急激にしおれています。株元の茎を切断して水につけると白い汁液がしみだします。どのようにすればよいですか。」
3)「トマトを栽培していますが、株全体の枝葉がゆっくりとしおれます。どのようにすればよいですか。」
4)「トマトを栽培しています。新しい葉がモザイク模様になっています。どのようにすればよいですか。」
その結果、1)の質問に対しては、1. 水やりの管理、2. マルチング、3. 適切な排水、4. 遮光対策、5.風通しを良くする、6. 適切な肥料、という項目についてそれぞれ70字程度の適切で無難なアドバイスをもらった。一方、2)の質問には、現在ログインなしに利用できるGPT-4o mini版では「病気の可能性 / i)根腐れ病(根の感染症): トマトの根に病原菌が感染すると、白い汁液が出ることがあります。これが原因であれば、土壌の改善や適切な殺菌剤の使用が必要です。ii) トマト黄化葉巻病(TYLCV)しおれが他の症状(葉の黄色化や巻き)と共に現れる場合、ウイルス感染の可能性があります。感染した株は取り除き、残りの株を守るために虫よけ対策を講じましょう。」という的外れな回答があったが、ログインして使用するGPT-4o版で質問を行うと「トマトの株が急激にしおれて、茎を切断した際に白い汁液が出る場合、青枯れ病の可能性が考えられます。青枯れ病は、細菌性の病気で、根から侵入し、植物全体に広がります。この病気にかかると、土壌中の水や栄養分が吸収できなくなり、最終的に植物が枯れてしまいます。」といった専門的な答えがかえってきた。また、3)の質問でも、GPT-4o mini版では根腐れ病やTYLCVのことを述べるが、GPT-4o版では「病害(青枯れ病、萎凋病など)原因: これらの病気は、土壌中の病原菌が根から侵入し、植物全体に広がります。特に、萎凋病(Fusarium wilt)や青枯れ病が原因である可能性があります。」との答えが返ってくる。このあたりの回答の違いが過去の検索履歴が反映されることにあるのか、それともシステムの違いにあるのかは不明である。ちなみに、4)の質問には、いずれの版もウイルス感染の可能性をあげたが、回答されたウイルス種の内訳には多少の違いがあった。
トマトのカルシウム不足
ChatGPTを診断に使うことを試していて最初にインパクトがあったのは「トマトを栽培しています。実の先端が水浸状になり、のちに褐色化して陥没しました。どのようにすればよいですか。」という質問に対して、ChatGPTが「トマトの実の先端が水浸状になり、その後褐色化して陥没する症状は「実の先端腐れ(Blossom End Rot)」として知られています。これはカルシウム不足によって引き起こされる一般的な問題です。以下にその原因と対処法を説明します。」と返答してきたことであった。「尻ぐされ」と日本語で言われる生理病を答えとして返してきたのである。この結果を得て、トマトの「臀部」「しり」などに病気が、と書いて質問したが回答がピンとこなかったことから、ChatGPTは日本語を勉強したのではないと結論した。この問題は、現在、GPT-4o mini版では「実の先端腐れ」と説明されるが、GPT-4o版だと「先端が水浸状になり、後に褐色化して陥没する症状は、「尻腐れ病」と呼ばれる問題」であるとより具体的な説明になる。
他の生成AIを用いる試み
ChatGPTが公開されてから、他の生成AIも利用できるようになってきた。また、ある程度のカスタマイズができる有料サービスも存在する。その中で、検索サイトのBingに標準搭載されているMicrosoft Copilot機能を紹介したい。この最大の特徴は、手書きのメモを画像で入力するとテキストの読み取りをして回答してくれることである。たとえば「自宅の庭のバラの葉に黒い斑点がでて、枯れそうになっています。どうすればよいですか?」と言った相談を受けてそれをメモし、生成AIに相談するという試行をした(図3)。Microsoft Copilotは画像のメモを読み取り、それに合わせた返信をしてくれていることがわかる。この機能をまだ十分には検証していないが、たとえば問診票の読み込みに用いることで、植物病院での作業の大幅な短縮ができると考えられる。さらに、GPT-4oを用いると会話を聞き取ることすら可能であるという。
おわりに
2015年、日本植物病理学会100周年のシンポジウムで、吉備国際大の眞山滋志氏と山形県の菅原敬氏とともに「植物病院」の話をさせていただいたとき、植物病院の業務の中で時間がかかることの一つが電話対応であり、将来、この電話対応を機械化し、聞き取った情報をデータ化してその後の診断に活かしたり、病害発生のモニターに用いたりすることができれば良い、といった話をさせていただいたが、そこから数えて10年という年月によって、夢物語が想像を超えて実現されていることに驚いている次第である。
引用文献
- ChatGPT (現在のweb版はGPT-4o mini版またはGPT-4o版)
- 難波成任 監修(2022)「植物医科学」養賢堂 544pp.