日本農薬株式会社 竹元 剛
*責任著者
はじめに
近年ネギの栽培は周年化され、全国各地で産地が形成されている。また、産地ではネギを連作することが多く、特定の植物病の発生により収量や品質に影響を及ぼすことがある。
ネギ黒腐菌核病(図1)は2010年代半ば以降発生地域が拡大し大きな被害をもたらしてきた(1)。この病害はネギの地下部で発生するため、地上部から初期感染を判断できず防除タイミングを逃しやすい。加えて地上部からの薬剤処理では薬液が地下部に到達しにくく防除が難しい。
ネギ黒腐菌核病の生態
本病はSclerotium cepivorumというカビ(糸状菌)により引き起こされる。土壌中に存在する前作残渣由来の菌核が伝染源で、適温(10~20℃)になると発芽し菌糸を伸ばし、ネギの茎盤部(軟白部分の基部で根に近い部分)および葉鞘部に感染する(図2)。夏季の高温時あるいは冬季の低温時には病害の進行は一時的に停滞するが、土壌温度がカビの生育適温になると再度進行し収穫時に大きな被害を及ぼすことが多い。
有効成分ピラジフルミドとは
ピラジフルミド(FRACコード7のSDHI剤に分類される有効成分)は、各種糸状菌類によく効く薬剤であり、野菜向けには20%フロアブル製剤(商品名:パレード20フロアブル)として販売されている(2,3)。通常の散布処理でも使用できるが、葉菜類では育苗期後半以降に100倍希釈液をセルトレイ灌注処理すると各種病害に対し圃場でも長期間防除効果を有する(4,5)。現在ネギでも葉菜類同様にセルトレイ、あるいはチェーンポットでの育苗方式が普及しており、移植前にピラジフルミド20%フロアブルをネギ苗に灌注処理することによりネギ黒腐菌核病を防除できる技術が実用化されている(図3)。
ネギ黒腐菌核病に対する防除効果
セルトレイへの灌注処理による実際の防除効果をお示しする。ピラジフルミド20%フロアブルの100倍希釈液(セルトレイ1枚あたり0.5 L)を噴霧ノズルでネギ苗に灌注処理後、圃場に定植しネギ黒腐菌核病に対する防除効果を検討した。その結果、本剤のセルトレイ灌注処理による高い防除効果が認められた(図4)。本試験は秋植え春どりの作型であるが、夏どり作型でも防除効果が認められている(6)。
ネギ内でのピラジフルミドの分布
ネギのセルトレイ苗に灌注したピラジフルミドは、移植後、茎盤部付近に存在し、長期間にわたり黒腐菌核病菌の感染を防ぐと考えられている。実際にピラジフルミドがどの程度茎盤部付近に残存しているか分析したところ、定植154日後まで菌の生育を抑えるのに十分な濃度を保持していた(7, 図5)。ただし、収穫物は成分の残留基準を満たしており、安全に食べることができる。
おわりに
令和6年に食料・農業・農村基本法が四半世紀ぶりに見直され、令和3年に策定されたみどりの食料システム戦略等の政策の方向性から、農産物生産場面における環境負荷低減、スマート農業への取り組みが今後益々加速していくと考えられる。加えて農業従事者の減少や高齢化にあたり、作物生産性を向上させる省力的な防除技術の開発が必要である。ピラジフルミド20%フロアブルのセルトレイ灌注処理が、これら課題解決の一手段となることを期待したい。
引用文献
- 小河原孝司ほか(2023)「特集 ネギ黒腐菌核病の防除体系構築に向けた取り組み」植物防疫77(9):474-497.
- 伯野史明(2018)「新規殺菌剤ピラジフルミドの特性」植物防疫72(10):686-689.
- 菊武和彦・古谷敬・長谷部元宏・長井寛明・織田雅次(2020)「殺菌剤ピラジフルミドの開発」日本農薬学会誌45(2):87-88.
- 西村昭・山下真生(2020)「新規SDHI殺菌剤ピラジフルミドの葉菜類セルトレイ灌注処理による病害防除」植物防疫74(4):224-230.
- 長谷部元宏(2023)「葉菜類の病害防除はセルトレイ灌注処理で」i Plant 1(9).
- 井上浩・竹元剛・佐古勇・西村昭・福田侑記(2023)「夏どり作型のネギ黒腐菌核病に対するピラジフルミド水和剤のセル成型育苗トレイ灌注処理を活用した効果的な防除技術」関東東山病害虫研究会報70:26-32.
- 井上浩・竹元剛・佐古勇(2023)「ピラジフルミド水和剤のセルトレイ灌注処理および生育期散布後の薬剤濃度推移と防除適期の推定」植物防疫77(9):478-486.