長谷部 元宏
はじめに
キャベツ、レタス、ハクサイなどの葉菜類を栽培すると、菌核病、灰色かび病、うどんこ病、褐斑病、苗立枯病、白さび病など、様々な植物病が発生する。初期防除に失敗し、収穫部位である結球部での発病を許してしまうと、商品価値が損なわれ収量減につながる(図1)。栽培時の病害防除は、これまで各種殺菌剤の地上散布が主体であったが、近年、移植前に薬剤を苗灌注処理(セルトレイに灌注処理すること)し生育期の地上部病害を防除できる殺菌剤が開発され、その技術が実用化されている(根こぶ病に対してはシアゾファミド水和剤、アミスルブロム水和剤が登録済)。
有効成分ピラジフルミドとは
ピラジフルミド(FRACコード7のSDHI剤に分類される有効成分)は前項の各種菌類病によく効く薬剤であり、野菜向けには20%フロアブル製剤(商品名:パレード20フロアブル、有効成分をミクロン単位の微粒子に粉砕して水中に分散させた製剤で、懸濁剤とも呼ばれる)として販売されている(1,2)。通常の散布処理でも使用できるが、育苗期後半以降に100倍希釈液をセルトレイ灌注処理すると、根から吸収され、圃場でも長期間効果を示す(3,4)。また、この薬剤は作物に対する安全性が極めて高く、適用作物の生育に影響はない。
キャベツ内でのピラジフルミドの分布と防除効果
キャベツのセルトレイ苗に灌注したピラジフルミドは、移植後、生育に伴い全身に移行する(図2)。移植24時間後に高い効果を示す(図3)とともに、35日経ったあとでも病原菌の一次感染部位となる下位葉を中心に高い効果の持続が認められる(図4)。
レタス菌核病に対する効果
レタスのセルトレイ苗に、ピラジフルミド20%フロアブルを灌注処理したのち圃場に定植し、慣行の散布処理(定植後殺菌剤を3回散布)したもの(ペンチオピラド水和剤、チオファネートメチル水和剤、アゾキシストロビン水和剤)について、菌核病に対する防除効果を比べてみた。その結果、慣行の散布処理では、処理2回目以降感染が拡大したのに対し、ピラジフルミドセルトレイ灌注処理区は1回の灌注処理のみで高い効果が認められた(図5)。
キャベツ苗立枯病に対する効果
葉菜類は、定植後に欠株を生じると収穫株数の減少に直結し、大きな損失となる。そこで、キャベツ定植後の欠株原因となるリゾクトニア菌によるキャベツ苗立枯病について防除効果を試してみた。定植前にピラジフルミド20%フロアブルを灌注処理したところ、欠株や生育不良株が著しく減った(図6)。
病害防除以外のメリットもある
化学農薬の過剰な使用は極力減らした方がよいのは言うまでもない。ただ、単に農薬の使用量を減らし、天敵や微生物農薬に頼り過ぎると、高くつき、生産者の収入減となる。セルトレイ灌注処理による病害防除法は、栽培時の殺菌剤使用量を減らすことができる。これは同時に、散布にかかる労力や水資源の節約、周辺環境へのドリフトを避けることができる。つまり、病害虫防除と環境調和を両立させた作物生産につながるのである。
おわりに
近年ドローンによる薬剤処理やAIによる病害虫の画像診断などのスマート農業への取り組みが各地で行われている。先進技術を活用した新しい作物生産スタイルを確立すると同時に、従来の栽培体系にうまく組み込める新たな資材とその使用法を確立できれば、一挙両得で収量向上につながる。