佐藤 裕
はじめに
前号でリンゴの二大落葉性植物病の一つである「斑点落葉病」について紹介したが、もう一つが「褐斑病」である。この植物病はカビ(病原菌:Diplocarpon mali )によるものであるが、抵抗性品種が未だ育種されていない。つまり、栽培されているすべてのリンゴ品種で防除対策が不可欠となる。また、寒冷地・暖地を問わずその発生程度に差はみられない。本病の症状は他の病害や生理障害と見誤りやすいので、診断のポイントを含め、特徴と防除のコツなどについて紹介したい。
被害の様子と生態
本病が発生すると、発病葉の大半が早期に落葉し(図A)、多発すると落葉の影響で果実が十分肥大できず、食味も落ちるほか、樹体の貯蔵養分が不足し、翌年の花芽の充実が不良となり、したがって翌年の結実量も減少する。
葉の病斑は、斑点落葉病に似た円形褐色斑(図B)と褐色~濃緑色を呈する不定形斑(図C)の2つに分かれる。後者の発病葉は病斑の周辺組織が鮮やかに黄変するので、そうならない斑点落葉病と区別できる。
最初の感染は、前年に発病して落葉した葉の表面にできた本菌の胞子のかたまり(子のう殻)から飛散した胞子(子のう胞子)が感染して起こるもので、開花期前後から飛散が始まる(1)。慣行防除(農薬を散布するなどして通常の防除処理を行うこと)しているリンゴ園の場合、本病の発生が目立ち始めるのは秋以降であるが、実際は梅雨期頃、地域によっては梅雨前から見られるようになる。発病が最初に認められた日が通常より早い年や、梅雨期に降雨が多い年は、秋季に入り多発する傾向が強い。病斑中央には微小で黒色半球状の胞子のかたまり(分生子層、ぶんせいしそう)が黒点として肉眼でも見ることができ、湿度の上昇に伴ってここから胞子が噴出する(図D)。これが雨滴に混じって飛散し、周辺のリンゴ樹の葉や果実に付着して二次感染する。主な感染期間は梅雨前~秋までと長期にわたり、発病後の落葉は収穫期まで続く。本病の病斑上には分生子層が必ず見られることから(2)、診断はルーペ等を用いて葉表に生じる分生子層の有無を観察するとよい。分生子層が見られない場合は、斑点落葉病や生理障害、薬害等を疑ってみる。
果実の病斑(図E)は、ややくぼんだ黒色斑で果肉部をスポンジ状に浅く褐変させるが、軟腐することは無く、進展も非常に遅いため、発病程度が軽微な場合はそのまま市場に出荷されることもある。斑点落葉病と同様に、黄色品種の果実病斑はやや目立つが、赤色品種ではさほど目立たず、皮をむいてしまうと果肉部に被害はなく、外観的な実害は軽微である。しかし、果実が発病するほどの場合には、落葉も相当数あるはずで、食味にも少なからず影響を与える。さらに、感染した果実が発病前に収穫された場合、冷蔵中に果実病斑を生じることもある。
病気の発生過程と病原菌の関わりを伝染環あるいは生活史と呼び、図Fに示した。病害の各被害ステージの状態や今後の状況予測、防除のポイントはどこにあるかなどを理解するうえで役立てていただきたい。
防除法
褐斑病は感染する期間が5~9月と長いため、園内での発病が目立つ場合は薬剤散布の間隔を短くして防除回数を増やす必要がある。効果的な防除のポイントとして、①一次感染の防除、②二次感染の防除、③治療防除がある。①は子のう胞子が飛散する開花期~6月までの防除で、ジチアノン水和剤(FRAC:M9)、マンゼブ水和剤(FRAC:M3)、プロピネブ水和剤(FRAC:M3)の効果が高い(1)。②は二次感染(発病葉から周辺の葉へ、雨滴に混じって分生子が分散し、新たな発病を繰り返す)を阻止する防除で、TPN水和剤(FRAC:M5)や無機銅剤(FRAC:M1)の効果が高い。③は潜伏感染(病原菌が侵入しているが発病前の状態)に対して効果を示すもので、ベンゾイミダゾール系剤(チオファネートメチル水和剤(FRAC:1)、ベノミル水和剤(FRAC:1))、シプロジニル水和剤(FRAC:9)、テブコナゾール水和剤(FRAC:3)に高い治療効果が認められる。これらのうち①および②の薬剤は、褐斑病の発生時期(5~9月)に、防除薬剤として降雨前に用いるのが最も効果的である。また、③については園内に発生が見え始めた頃に1~2回使用するのが効果的だが、チオファネートメチル、ベノミルおよびテブコナゾール水和剤で褐斑病の耐性菌が検出されているため、使用後の発生経過をよく観察することが大切である。防除効果が認められない場合は、耐性菌の発生による効力低下が考えられるので、以降の使用を中止する方がよい。さらに、薬剤の使用を中止しても、病原菌の感受性(耐性菌が減り、本来の薬剤の効果のある菌)の回復には数年以上を要するため、翌年以降もしばらくは使用しない。詳しくは植物医師®に相談することをお勧めする。
なお、本病は「枝が混んでいる所」、あるいは「樹冠最上部」など薬液付着量不足を生じやすい場所から発病や落葉が始まる傾向があり、防除圧の低い部分があると、そこを起点に病気が広がる。枝の過繁茂の解消や樹形の見直し等の枝管理によって、発病しやすい環境を減らす工夫も本病の防除技術として重要である。