菅原 敬
はじめに
最近、トルコギキョウにカビの一種(Fusarium oxysporum)によって起こる「立枯病(たちがれびょう)」が全国的に発生して問題となっている。ときに収穫皆無になることもあるので、トルコギキョウ栽培農家にとっては深刻な植物病である(図1)。「立枯病」はほかのカビ(F. solani)でも起こり、重症化すると立枯れる点は共通するものの、現場での発生をよく見ると、カビの種類によって発病の様子も被害の大きさも異なるのでやっかいである。同じ病名であるためか、これまで両者の病徴を的確に比較した論文が見当たらないのはさらに厄介である。しかも、F. oxysporumによる「立枯病」の症状の一部は、また別のカビ(F. avenaceum)によって起こる「茎腐病(くきぐされびょう)」とも酷似している。こんなこともあって、現場ではしばしば混乱を生じている。本稿では、健全なトルコギキョウの栽培にあたって、このような混乱を引き起こしているこれらのカビによって起こる植物病、いわゆる「フザリウム病」について、できるだけ分かりやすく整理してみたい。
病名は同じ「立枯病」だが
当初は、立枯病の症状は、①はじめ地上部が日中に萎(しお)れるようになり、②やがて株全体が立ち枯れて乾燥した状態で褐色になること。また、③根および地際部が侵され、導管部が褐変するのが典型的であるとされた(1,2,3)。また、病原はF. oxysporumとF. solaniの2種があげられた。しかし症状は、病気がある程度進んでからのものであり、2つのカビで症状がどう異なるかについては不明確であった。
F. oxysporumによる「立枯病」とは?(図2,3)
立枯病の症状の原因は、この菌に侵されると導管がふさがれ、根からの水分供給ができなくなることによる障害が主である。これによって、発病初期は導管が侵された側に茎が傾く、同じ側の葉が萎れる、葉が引きつったように奇形化するなど、半身萎凋病やイチゴ萎黄病のような症状になる。若い植物では、しばしば下の葉の葉脈が網目状に退緑し黄化する。病気が進行すると、晴天だと日中に萎れるようになる。地下部の外見は無症状のことが多く、根の量も健全株と変わらない。高温期になると根の一部が褐変し、そこから地上部まで導管がずっとつながって褐変することが多い。幼植物でないかぎり、導管は褐変する。
生育が進んだ植物では、茎の地際部~中間部にかけて、縦方向に淡褐色ですじ状の病斑を生じることもある。やがてその患部にはオレンジ色のツブツブ(分生子堆、スポロドキア)が生じ、F. avenaceumによる茎腐病とよく似た症状になる(図4,表1)。その後、株全体が枯死し、乾燥して淡褐色に変色する。軽症の場合、開花まで生き延びることもあるが、水分の吸収が悪いため出荷に堪える品質にはならない。また、栽培現場では品種間に明らかな発病程度の差が認められることなどから、品種によって抵抗性には差があることが分かっている(4,5)。
土壌消毒を行わないと、定植3~4週間後の草丈5~6㎝頃から発病する。土壌消毒を行った圃場では、つぼみが出てきた頃から急激に発病することが多い。トルコギキョウは根が深いため、土壌消毒の効果が及ばない地表下30㎝よりも深い場所に根が伸びて菌に感染すると考えられている(6)。
Fusarium solaniによる「立枯病」とは?(図5)
主に細根の先端が根腐れ症状になる病気であり(7)、定植後1ヶ月くらいたってから、茎が細い、下葉が黄化し、草丈が伸びないなど、いわゆる生育不良の症状が現われる。株をそっと引き抜くと細根の先端が細って褐変している。また、主根の表面がかさぶた状になることもある。導管の褐変はあまり見られず、地際部で発病した場合や根腐れに伴う二次的な褐変が時折見られる程度である。まれに圃場内で激発して枯死することもあるが、F. oxysporumと比較すると、発病は比較的おだやかで、枯死することは少ない。類似する症状として肥料不足による生育不良、定植後の乾燥や過剰施肥などによる根傷みなどがある。あまりに症状が斉一の場合はこれらも疑うとよい。山形県では2000年代は本病が大半であったが、2019年には、トルコギキョウの土壌病害のうち、F. oxysporumによる立枯病が85%を占めていたのに対し、F. solaniによるものは10%程度であった(6)。
おわりに
トルコギキョウの立枯病2種と茎腐病の病徴を表1に整理した。専門家の間では、異なる複数の病原によって起こる病気でも、病徴による区別が困難な場合は1つの病名にまとめて良いこととなっている。しかし、トルコギキョウの立枯病は、カビの種類によりF. oxysporumではF. solaniより重症化しやすいこと、薬剤の効果が及ばない深い場所に残り防除が難しいこと、主要な品目であることから、生産現場の都合を考えると病名を分けることを検討しても良いかもしれない。少なくとも現場では、ここで紹介したポイントを参考に、予防や防除などにあたっては注意していただきたい。
引用文献
- 冨田恭範ら(2004)「茨城県のトルコギキョウ栽培で発生する各種病害」茨城農総セ研究報告12:28-38.
- 松尾卓見ら編(1980)「作物のフザリウム病」全国農村教育協会 502pp.
- インターネット版日本植物病害大事典「トルコギキョウ立枯病」
- 外側正之・鈴木幹彦・内山徹(2008)「Fusarium oxysporumによるトルコギキョウ立枯病-接種試験による病原性の確認-」日植病報74:35.
- 藤永真史・藤 結宇・山岸菜穂(2023)「品種の抵抗性利用を主体としたトルコギキョウ立枯病の防除対策」日植病報89:21.
- 菅原 敬・渡部由理・黒坂美穂・高橋佳孝(2022)「トルコギキョウ立枯病発生圃場における土壌消毒前後および栽培後の立枯病菌密度と発病の推移」北日本病虫研報73:48–54.
- 農研機構(2012)「花き病害図鑑 トルコギキョウ立枯病」(2023年6月12日閲覧)