法政大学 生命科学部 大島 研郎
はじめに
ファイトプラズマ病と聞いて、どんな病気か思いあたる方はごく少数だろう。しかし実際はとても身近な植物病で、私たちは毎年必ず街中で見かけている。クリスマスシーズンを彩るポインセチアを思い起こしてみてほしい。複数の枝の先端にカラフルな花(実際には苞葉(ほうよう)と呼ばれる葉)をつけた小ぶりな鉢物として花屋で販売されているが、実は全て生産企業によりファイトプラズマ病にわざと感染させられた植物である。小ぶりな理由は、ファイトプラズマ病に典型的な症状「てんぐ巣※」(小さな枝葉を多数形成する)や「萎縮」の症状を呈しているためで、野生の健全なポンセチアは私たちの身長より遙かに高く育つ。
ファイトプラズマ病は世界中でさまざまな植物に発生し、農業生産に大きな被害をもたらしている。一方で、てんぐ巣に加えて葉化(花を葉に変えてしまう)などのユニークな症状を示すことでも知られる。本稿ではこのファイトプラズマ病について分かりやすく解説していきたい。
※短くて細い枝が密生して鳥の巣のようになるため、日本では伝承になぞらえて「天狗の巣」と呼ばれる。西洋では「魔女の箒(ほうき) witches’ broom」と呼ばれる
病原体
ヒトに肺炎などを起こすことで知られる細菌の一種「マイコプラズマ」に似た微生物群で「ファイトプラズマ」と呼ばれる。これまでに約50種が報告されている。人間には感染しないが、植物に感染し病気を起こす。ヨコバイなど一部の昆虫にも感染するが特に発病しない。このような昆虫は「媒介昆虫」と呼ばれ、植物から汁を吸う時に昆虫と植物との間でファイトプラズマが行き来し、感染拡大してゆく。ファイトプラズマのゲノムを解析した結果、普通の生物と比べて多くの生存に必要な遺伝子を失っていることが分かった。宿主細胞の外では生きていけない「究極の怠け者生物」なのである。
病害の種類
ファイトプラズマ病の発生は世界中で知られており、穀物、野菜、果樹、花き、観葉植物など1,000種類以上の植物に感染して被害をもたらす。国内では80種類を超えるファイトプラズマ病が報告されている。とくにクワやイネ、キリなどで発生し甚大な被害をもたらしてきた。最近ではアジサイ葉化病(図1A)やホルトノキ萎黄病(図1B)が各地で問題となっている(1)。アジサイ葉化病はいったん発生すると根絶が難しく、観光業への被害が大きい。ホルトノキは街路樹だけでなく、天然記念物や文化財に指定されることの多い常緑樹で、萎黄病に感染すると衰弱し枯死してしまうので問題となる。海外では、ブドウ(図1C)、リンゴ、ココヤシ(図1D)などの永年作物や、サトウキビ、ナタネなどの工芸作物(加工されて利用される作物)で大きな被害が生じている。
症状
萎縮、叢生(そうせい)(たくさん枝分かれする症状)、黄化、てんぐ巣、花の葉化など、植物の外観を大きく変えてしまうユニークな症状を示す。発病した植物の多くは衰弱し、やがて枯死する(1,2)。どのような症状が生じるかは、ファイトプラズマの種類と植物の組み合わせによって様々である。たとえば、シュンギクでは萎縮や叢生、黄化などの症状が生じ(図2A)、ナツメやキリではてんぐ巣症状(図2B, C)、アジサイでは葉化症状(図2D)が生じる。これらの症状は、汁を吸う植物を求めて飛び回る媒介昆虫には魅力的に映り、おびき寄せることに役立つようである。ファイトプラズマが植物と昆虫の間を行き来して生き残る過程で身につけた性質と思われる。
診断
ウイルス並に小さく培養もできないため、電子顕微鏡での観察はできるものの断定は下せない。PCRによる診断が一般的だが、機器が高価で長時間かかるうえに、作業が煩雑で習熟が必要となる。近年、室温で持ち運びできる乾燥試薬化したLAMP法による診断キットが開発・市販されているため、診断は容易になった(3,4)。
伝染経路と対策
ファイトプラズマは植物の篩部組織に寄生して増殖するほか、この篩部の汁液を吸う媒介昆虫にも感染し体内で増殖する。感染拡大には媒介昆虫の存在が必要となるが、媒介できるファイトプラズマと昆虫の組み合わせは限られており、媒介昆虫が不明なファイトプラズマ病も多い。国内で媒介昆虫として知られるのはヨコバイ(図3)だけだが、海外ではキジラミやウンカによる媒介も報告されている。
ファイトプラズマにはテトラサイクリンなど一部の抗生物質が有効だが、農薬登録は多くないうえ、施用しても根治することが難しいため、使用をやめると再発する。感染拡大を防ぐためには、媒介昆虫の殺虫剤による防除や、農業資材による飛来の忌避・遮断が有効である。また、伝染源となる感染植物を特定し除去することが大切である。