東京大学 大学院農学生命科学研究科 市川 和規
株式会社東日本肥料 白石 俊昌
はじめに
土壌病害は一度発生すると、防除が困難で根絶するのは難しい。土壌病害が発生すると、生産者はその対処に戸惑うはずである。土壌病害が発生した畑で同一作物を連作する場合、最も速効性があるのは、農薬による防除(土壌消毒等)である。農薬使用を避けたい場合は、多少時間や手間がかかるが、 熱による防除も有効である。ここでは、農薬や熱処理による防除について考えてみる。
農薬を利用した土壌消毒(図1)
1)土壌くん蒸剤
土壌くん蒸剤は、ポリエチレンフィルム等で土壌表面を覆って有効成分を気化させ消毒する農薬であり(1-6)、高い殺菌・殺虫・殺草効果があり、多くの農作物の土壌病害防除に有効である。一般の殺菌剤や殺虫剤などと異なり、作物を栽培する前に土中に施す薬剤なので、栽培中は使用できない。予防的農薬である。
土壌くん蒸剤のうち、クロルピクリンくん蒸剤は強烈な刺激臭がある有毒ガスを発生するので、作業時に防護用服装の着用は欠かせない。この剤は、その剤型によって土壌注入、埋め込み、地表面処理、灌水チューブを用いた灌注などの方法があるので、露地あるいは施設などの栽培条件によって、使いやすい剤型を選択すると良い(表1)。また、薬剤注入機を装着した畦立てマルチ機によるマルチ畦内消毒(1)が普及している。この方法ではガスが抜けるまで処理後約2週間放置すると、定植することができる。良くある失敗事例は、注入機の手入れ不足で所定量が注入されていなかったり、消毒作業を補助している後方作業者へのガス曝露を心配して早めに薬液注入を止めたりすることにより防除効果が得られないことがある。このような人為的なミスがないように、機械の手入れや点検は必ず行い、消毒作業は丁寧に行うことが大切である。
他の土壌くん蒸剤も種類によっていろいろな使用方法が開発されているので、薬剤選択の際に参考にされたい(表1)。ダゾメット粉粒剤(6)は土壌中の水分によって分解し有効成分が気化するため、土壌が乾燥していると薬剤が分解せずに薬害が発生することがあるので、処理時の土壌条件に注意する必要がある。
2)土壌混和する殺菌剤
アブラナ科野菜の根こぶ病・根くびれ病、ジャガイモそうか病・粉状そうか病、キャベツ苗立枯病・菌核病類、ネギ白絹病、コンニャク根腐病、ショウガ根茎腐敗病などの土壌病害に対して開発された農薬である。これらの農薬は土壌中で適度に分解するため、蒸気圧が低く、気化した有効成分が大気中に放出されることもほとんどない。したがって、土壌くん蒸剤のように土壌表面を被覆する必要はない。使用方法は、全面土壌混和のほか、作条土壌混和や植穴土壌混和、株元散布などの部分施用ができることが特徴である(表2)。防除効果を高めるためには、所定量の薬剤を均一に土壌に混和することがポイントなので、薬剤散布前の圃場の耕起や整地は丁寧に行う必要がある。降雨直後の処理は混和ムラが生じやすく、防除効果低下の原因となる。
熱処理による消毒(図2)
土壌中のほとんどの病原微生物や害虫は55~60℃前後の熱処理を行えば死滅するので、土壌内部の温度を60℃まで上昇させるのが消毒のポイントとなる(15)。
1)熱水・蒸気土壌消毒
土壌に蒸気や熱水を注入し、土壌中の温度を上昇させて消毒する方法である(15,16)。いずれも専用の消毒機を用いるので、消毒機導入費とランニングコスト(燃料費)が必要となり、個人で導入するのは難しい。
熱水土壌消毒は、約90℃の熱水を散水チューブから放出し、水の重力で地中に浸透させる。深さ30cm程度まで消毒できるが、大量の水が必要となる。ただし、塩類集積土壌においては除塩効果が期待できる。
蒸気土壌消毒は、土壌表面をシートで被覆し、約120℃の蒸気を注入して行う。熱水と異なり蒸気なので消毒効果は深さ20cm程度にとどまる。
2)太陽熱土壌消毒
盛夏期、土壌表面をフィルムなどで被覆後、施設を密閉したうえで約1ヶ月放置して太陽熱により被覆内の地温を40℃以上にして消毒する(15)。土壌の下部まで高温にするには十分な土壌水分が必要であるが、冷夏年や日射量が少ない地域では、地温が十分上昇せず、消毒効果は不十分となるので注意する必要がある。
3)土壌還元消毒
太陽熱土壌消毒の効果をより安定させるために開発された。フスマや米ぬかなど微生物に分解されやすい有機物を土壌に混入し、湛水してフィルムで約20日間ハウスを密閉する(15,17)。土壌中の好気性微生物が有機物を分解して増殖し、土壌中の酸素を消費して還元状態にする。還元状態になると嫌気性の微生物が活発に活動し、好気性の病原微生物は死滅するとともに、酢酸などの有機酸が生成され、その他の病原菌は死滅する。この方法は、太陽熱土壌消毒より低温でも有効で、日照の少ない地域でも利用可能である。ただし、土壌の還元化によりドブのような悪臭が発生するので、消毒後、悪臭がなくなるまで一定期間放置する。近年では、フスマなどの有機物の代わりに低濃度エタノール(18)、糖蜜(19)などの液体有機物、糖含有珪藻土や糖蜜吸着資材(20)を用いた土壌還元消毒により悪臭を抑制することが出来る。
土壌病害の防除にあたっての留意事項
土壌病害を防除するには上に述べたような手法があるが、病害の種類により効果が異なるため、土壌病原微生物の種類を明らかにする必要がある。また、生産圃場の立地条件も防除法選択に影響する。そして、土壌消毒した後には圃場に農業機械や農具等についた汚染土壌を持ち込まないように注意するといった基本的な圃場衛生の管理も重要である。土壌くん蒸剤を使用する際、作業者への暴露や周辺環境への悪影響といった事故や薬害防止のため、登録内容や注意事項を遵守する必要がある。土壌病害の防除にあたっては、植物医師®などに相談するとよい。
引用文献
- クロルピクリン工業会ホームページ(2023年3月16日閲覧)
- 三井化学アグロ株式会社ホームページ(2023年3月16日閲覧)
- バイエルクロップサイエンス株式会社ホームページ(2023年3月16日閲覧)
- 日本曹達株式会社ホームページ(2023年3月16日閲覧)
- コルテバ・アグリサイエンス日本ホームページ(2023年3月16日閲覧)
- アグロ カネショウ株式会社ホームページ(2023年3月16日閲覧)
- 三井化学アグロ株式会社ホームページ(2023年3月16日閲覧)
- 南海化学株式会社ホームページ(2023年3月16日閲覧)
- 日本化薬株式会社ホームページ(2023年3月16日閲覧)
- 石原バイオサイエンス株式会社ホームページ(2023年3月16日閲覧)
- 三井化学アグロ株式会社ホームページ(2023年3月16日閲覧)
- 日産化学株式会社ホームページ(2023年3月16日閲覧)
- シンジェンタジャパンホームページ(2023年3月16日閲覧)
- 住友化学ホームページ(2023年3月27日閲覧)
- 難波成任 監修(2022)「植物医科学」 養賢堂 267-268.
- 株式会社丸文ホームページ(2023年3月16日閲覧)
- 新村昭憲・坂本宣崇・阿部秀夫(1999)「還元消毒法によるネギ根腐萎ちょう病の防除」日植病報65:352.
- 農研機構 農業環境変動研究センター(2021)「低濃度エタノールを利用した土壌還元作用による土壌消毒 実施マニュアル(第1.2版)」p.8
- 農研機構ホームページ 平成14年度 北海道農業研究成果情報 「還元消毒による施設土壌病害虫の防除と糖蜜を用いた下層土消毒法」(2023年3月24日閲覧)
- 農研機構 中央農業研究センター(2019)「新規土壌還元消毒を主体としたトマト地下部病害虫防除体系マニュアル関東地域版」(2023年3月27日閲覧)