若山 健二
はじめに
地球上には微生物が無数に存在しており、日々新たな微生物が発見されている。まだ見つかっていないものも含めると、約300万種は存在するといわれる(1)。これらの微生物の中にはヒトの腸内細菌も含まれ、腸内フローラ(花畑)と呼ばれている。腸内細菌は、その性質によって「善玉菌」、「悪玉菌」、「日和見菌」に分けられ、このバランスが体調に影響を与える(2)。植物の生育環境(葉面、根圏(根の隣接部)、根の内部、土壌)にも無数の「微生物の集合体」が存在する。そのごく一部に植物の「悪玉菌」(=病原菌)があり、国内の微生物病は、約12,000種ある。葉面や根圏に存在する「微生物の集合体」とその中にいる病原菌のバランスが、植物病の発病スイッチのON/OFFを決定する。中でもバクテリア(細菌)病は、感染から発病にいたる時間が短く、いったん発生すると甚大な被害をもたらす。バクテリア病をカビ(糸状菌)による病害と誤診し対策を誤ると、とんでもないことになるので、正確な診断が大切である。
野菜類の軟腐病(なんぷびょう)とは
植物のバクテリア病の代表格は、なんといっても野菜類の軟腐病である。軟腐病は栽培中だけでなく、収穫後にも発病して作物を軟化・腐敗させる厄介な植物病である。軟腐病の防除の一手法として、病原菌の増殖を抑える微生物を使った微生物農薬があり、栽培時だけでなく収穫後や出荷後も発生を抑えることができる。
野菜類の軟腐病は、アブラナ科のハクサイ(図1A)、ダイコン、ユリ科のタマネギ(図1B)、ナス科のジャガイモ(図1C)、セリ科のニンジンなど60種類以上の作物で発生する。収穫後の貯蔵中や出荷後のほか、消費者が購入後に冷蔵庫の中などで問題になると「ポストハーベスト病害」と呼ばれる(3)。病原菌に侵された軟化・腐敗部位(罹病部)に爪楊枝を刺して、それを健全なハクサイの葉の中央部の白い主脈の部分(中肋部(ちゅうろくぶ))に刺すと、軟腐病菌が感染し、数日で発病するので確かめることができる(図1D)。
軟腐病の英語名称はsoft rot(soft(軟らかい)+rot(腐敗))である。病原細菌はPectobacterium 属(ペクトバクテリウム属)の細菌で、「ペクト」はペクチン、「バクテリウム」はバクテリアに由来する。ペクチンは果物をジャムにしたときに粘度を持たせるために利用されるが、植物の細胞壁同士を接着し、細胞同士をつなぐのが本来の役割である。軟腐病菌はこのペクチンを分解する酵素を分泌して、細胞をバラバラにし、腐らせて、独特の悪臭を放つ。罹病植物組織だけでなく、土壌、雑草、昆虫、雨滴からも検出される。植物に感染するには傷口が必要で、風による葉の擦(こす)れ、凍霜害による組織崩壊、昆虫の食害痕(しょくがいこん)、葉かきや収穫時の農作業によりできた傷が感染部位になる。降雨や結露で植物体が濡(ぬ)れると感染が助長される。逆に湿度40%以下の乾燥状態が1時間以上続くと、病気は広がりにくくなる。
防除方法
バクテリア病対策は、圃場の排水対策や雨除け栽培などの耕種的防除法(作物の栽培法で、品種や圃場の環境条件などを適切に選択して、植物病を抑える方法)のほか、管理作業時に使用するハサミや手を次亜塩素酸カルシウム溶液や消毒用アルコールで消毒するのが効果的である。施設栽培の場合は、多湿にならぬよう換気を行ない、曇雨天(どんうてん)時に作業を行うと、感染拡大や発病を助長するので、芽かきなど傷をつける作業は晴天時に行ない、作業前後には薬剤防除を行う。
農薬はオキソリニック酸を主成分とする農薬や、銅剤、抗生物質剤等が利用される。ただ同じ製剤を連用すると耐性菌が発生しやすい(4,5)ので、注意を要する。
軟腐病菌が植物に病原性を示すのは、ペクチン分解酵素を分泌するからであるが、むやみに産生しているわけではない。ペクチン分解酵素は、軟腐病菌が一定の菌密度に高まらないと分泌しない。病原細菌は一般にクオルモン(6)と呼ばれる物質を分泌して、互いに情報伝達し合っている。軟腐病菌も、ある一定の菌密度に達するとこのクオルモン分子を発して、この菌同士が情報交換し合い、一斉にこの分解酵素を分泌し、効率的に作物組織を崩壊させ感染する。つまり、病原菌が単にいるだけでは発病することはない。
微生物農薬は、自然界ではありえないほど高い菌密度の微生物(細菌)液を散布することにより、軟腐病菌と拮抗して「椅子取りゲーム」に勝つことで、軟腐病菌濃度を抑え、クオルモンの分泌を抑制し、ペクチン分解酵素の分泌を抑えることで防除効果を発揮する。
一方、銅剤や抗生物質のような化学農薬は、病原菌を「殺菌」することで防除効果を示す。それぞれの農薬の特徴を理解し、化学農薬を連続散布せず、微生物農薬を織りまぜながら防除する方が効果的である(7)。
微生物農薬は、植物にとって、植物病原細菌と同じく菌であり、異種の生物である。植物はこのような異種の生物に対して、自身が本来が持つ抵抗性を発揮するので、植物病原菌に対しても防除効果を示すのである。収穫前に微生物農薬を使用すると、その菌は残存して、植物病に対する抵抗性を維持し続ける。
軟腐病に登録された微生物農薬には、バイオキーパー水和剤(非病原性軟腐病菌)やマスタピース水和剤(Pseudomonas rhodesiae )がある。利用には植物医師®などから専門的なアドバイスをもらうことをお勧めする。
引用文献
- Schleifer, K. (2004) Microbial diversity: facts, problems and prospects. System. Appl. Microbiol. 27: 3–9.
- 光岡知足 (1978) 「腸内細菌の話」 岩波新書 212pp.
- 染谷信孝・澤田宏之・濱本 宏・諸星知広 (2020) 「軟腐病菌についての研究動向」 土と微生物 74:66–76.
- 北海道病害虫防除所 (2001) 「オキソリニック酸水和剤に対するばれいしょの軟腐病菌の感受性低下」
- 篠原弘亮 (2021) 「植物病原細菌と薬剤感受性」 農業新時代 2:35–39.
- 篠原信 (2008) 「クオラムセンシングの農業への応用」 日本農薬学会誌 33:90–94.
- 石山佳幸 (2018) 「長野県における生物農薬を活用したアブラナ科野菜の病害防除の取り組み」 日本生物防除協議会シンポジウム