森 充隆
はじめに
都道府県では、イネやムギ類、ダイズの安定生産のために、健全種子を生産する「主要農作物採種(さいしゅ)事業」が行われている。なかでもとくにコムギはパンや麺類、オオムギは麦茶やビール・味噌などの原料として、私たちの食卓に欠かせない穀物である。この採種事業にあたっては、種子で伝染する病気は深刻であり、その防除は重要となる。ムギ類では、黒穂病やオオムギ斑葉病、黒節(くろふし)病などが防除対象となっている。なかでも黒節病はバクテリア(細菌:Pseudomonas syringae pv. syringae )による病気で、防除が難しく、種子生産現場での被害が問題となる。国内では1945年頃から瀬戸内海沿岸から東海地方にわたり広く発生し(1,2)、現在は関東地方(3,4)を含め、全国で発生し問題となっている。
本病は数十年周期で多発し、大きな被害を生じてきた(5)。しかも、気候変動による温暖化で春先早い時期から気温が高く雨の多い年も多いため、近年とくにその発生リスクが高まっている。
症状
この病気にかかると、病名のとおりムギ類の茎にある節(ふし)が黒くなる。発病初期には葉(葉身)に水浸状の線状病斑(条斑)を生じ、やがて黒褐色~黒色の条斑を生じる(図1A)。葉鞘(ようしょう)にも黒褐色の長い条斑を生じる(図1B)。茎では、節が茶褐色~黒褐色に変色し(図1C)、その上下に黒い条線が生じ、その上部の生育が劣り、激しいと枯死することもある。出穂前から出穂期にかけて感染すると穂がねじれたり湾曲したりし、多発すると穂は黄化・枯死して穂焼け症状(図1D,E)となる。葉や茎の節(ふし)にのみ発病がみられる程度なら減収にはならないが、穂に発病すると大幅な減収につながる。
伝染経路
病原菌はバクテリアで、どこにでも生息している。乾燥条件に強く、刈り残したムギ類のワラや土壌中で長期間生存する(6)。
一次伝染源は病原菌に感染した種子(汚染種子)である。この菌は傷や気孔から植物体に侵入して細胞と細胞の隙間で増殖し(7)、栽培期間中の風雨によって伝染は拡大する。また、ムギの種類や品種間で発病のしやすさ(感受性)に差があり、気象条件(低温)など複数の要因も影響し、発病の程度は異なってくる。ハダカムギ(オオムギ)では、幼穂形成期以降に感受性が低下する(8)。茎立期以降、温暖な気候で軟弱に生長して凍霜害が発生するような低温年に発生が多い(9)。
防除法
1)耕種的防除法
露地栽培では難しいが、採種のためにハウス栽培を行うことは感染防止に効果がある。また、採種圃場では、簡易雨よけや風よけを設置することも有効である。標準播種時期から1か月程度遅播きすると、発生を減らせるが、そのぶん生育が遅延し減収するため、栽培地の実情に合わせた播種時期の設定が望ましい。また、収量増加をねらった播種量増加(厚播き)は、風通しを悪くして発病助長させるので、標準播種量を厳守する。
湿害を招かぬよう圃場の排水対策を徹底することや、収穫後の適切な作物残渣処理(持ち出しやすき込み)も重要である。
2)化学的防除法
播種前に、登録農薬を用いて種子消毒を行う。金属銀水和剤(20倍・10分間種子浸漬並びに乾燥種子重量0.5~1.0%湿粉衣)や無機銅水和剤(種子重量1%湿紛衣)が有効である(10)。また、生育期の無機銅水和剤500倍散布は、発病を抑制する効果がある(10)。
本病を効果的に防除するには、これらの防除法をうまく組み合わせ、発病を抑制しつつ、汚染率の低い種子生産を心がけることが大切である(11,12)。
引用文献
- 鋳方末彦・堀 真雄 (1950) 「昭和24年度収穫麦に激発した新細菌病について」 日植病報 15(1):32-33.
- 向 秀夫・土屋行夫 (1950) 「麦類の細菌病について」 日植病報 15(1):44-45.
- 青木一美・横須賀知之 (2014) 「オオムギ黒節病に対する生育期薬剤散布による種子の汚染粒率低減効果」 関東東山病虫研報 61:23-25.
- 山城 都・髙橋 怜子・福田 充・青木 久美 (2016) 「乾熱処理と薬剤処理を組み合わせたオオムギ黒節病汚染種子の消毒」 関東東山病虫研報 63:3-5.
- 井上康宏 (2017) 「ムギ類黒節病による被害と防除研究」 植物防疫 71:373-376.
- 菅 正道 (1978) 「麦類黒節病の発生生態と収量への影響」 今月の農薬 22:14-18.
- 福田徳治・畔上耕児・田部井英夫 (1990) 「ムギ類黒節病罹病組織の組織解剖」 日植病報 56:252-256.
- 森 充隆・十河和博・瀧川雄一 (2001) 「オオムギ黒節病の病徴発現に関する温度と植物体の生育ステージ」 日植病報 67(2):207-208.(講要)
- 川口 章 (2020) 「ムギ類黒節病の発生助長要因とベイズ推定によるリスク評価」 農研機構ホームページ
- 井上康宏ら (2016) 「ムギ類の種子生産における黒節病管理技術」 農研機構ホームページ
- 農研機構 (2016) 「黒節病などの種子伝染性病害に注意しましょう」
- 酒井和彦 (2017) 「個別技術を組み合わせたムギ黒節病の防除対策」 植物防疫 71:392-396.