岩舘 康哉
はじめに
栽培中のキュウリがしおれる原因として、近年、ホモプシス根腐病が問題となっている(図1)。この病気はカビ(Diaporthe sclerotioides)による土壌伝染病であり、一度畑に侵入を許すと根絶することはほぼ不可能である。畑を替えることは対策として有効であるが、この病気はごくわずかな病原菌が畑に侵入しただけで発病するため、農機具等に付着した土壌の移動に注意を払う必要がある。本病は低温期に定植する作型で発生しやすく、東北地方の露地夏秋キュウリで被害が大きい。ここでは、露地夏秋キュウリの産地で有効な防除対策について説明する。
耐病性台木の利用
キュウリの商業栽培では、カボチャを台木とした接ぎ木栽培が一般的となっている。したがって、ホモプシス根腐病のような土壌伝染病に対する基本的な対策は、クロダネカボチャのような、極めて病気にかかりにくい強い耐性を持った台木を使うことである(1,2)。しかし、これを台木に使うと、収穫果実の表面に白粉(ブルーム)が発生する(図2)。最近は、ブルームレス台木(ケイ酸の吸収量が少ないため、ブルームが発生しない台木品種)が開発され、急速に取って代わられた(3)。そのため、ブルームのあるキュウリは、農薬が付着していると勘違いされてしまう。「ブルームは人畜無害の生理物質であり、農薬とは全く無縁であること(3)」を一般にも理解してもらう必要がある。
クロルピクリンくん蒸剤による土壌消毒
クロルピクリンくん蒸剤による土壌消毒は、本病の防除効果が高い。とくに、畦立てと薬剤処理およびマルチングを同時に行うマルチ畦内処理(図3A)で安定した防除効果が得られる(4)。この方法は、本病の被害が大きい畑での第一選択肢となる(図4)。なお、クロルピクリンくん蒸剤の使用にあたっては、作業者本人だけでなく、周辺環境への影響について充分な注意が必要である。
転炉スラグ(石灰肥料の一種)を用いた土壌pH改良による被害軽減
ホモプシス根腐病は土壌pHが低いと発病が増え、土壌pHが高まると被害が少なくなる(2)。この性質を利用して土壌pHを7.5付近まで上昇させると本病の被害を軽減できる(5)。そのための資材としては、粉状の転炉スラグ(図3B)を使う。転炉スラグは、製鉄所における鉄鋼生産時に副産物として出てくるものであり、カルシウム、鉄、マグネシウム、ケイ酸やマンガンなど数多くの微量要素を含んでいる。転炉スラグを利用すると、土壌pHを7程度以上まで高めても作物に微量要素欠乏を起こさず、既存の石灰資材に比べて酸性改良の持続効果に優れている(6)。この技術はホモプシス根腐病の被害が少ない段階で実施するのが良い(図4)。転炉スラグの処理量を決めるためには土壌緩衝能曲線(図5)を作成する(5)。転炉スラグの散布は、小面積なら手散布も可能だが、大面積では肥料散布機ライムソワーを使うと作業効率が良い(図3C,3D)。
次作の伝染源対策
ホモプシス根腐病は、植物体が枯死すると、根に形成される黒炭のようなカビの塊(偽子座)が土中に残り、次作の伝染源になる。これを防ぐためには、カーバムナトリウム塩液剤の畦内消毒が有効である。栽培を終えた直後に、マルチをした畦内に設置したかん水チューブを利用し、カーバムナトリウム塩液剤を畦内に散布すると、病原菌が根で増殖するのを抑制できる(図6)。本剤は、「使用目的:前作のきゅうりのホモプシス根腐病蔓延防止」、「前作の野菜類又は花き類・観葉植物の古株枯死」で農薬登録されていて使用できる(8)。
引用文献
- 岩舘康哉・山口貴之・藤沢哲也(2010)「キュウリホモプシス根腐病抵抗性台木の検索と台木適性」植物防疫 64(7): 468–473.
- 岩舘康哉(2014)「ミニ特集:東北地方におけるキュウリホモプシス根腐病の防除対策 転炉スラグによる土壌pH改良と抵抗性台木を用いたキュウリホモプシス根腐病の被害軽減」 植物防疫 68(9): 523–530.
- 宍戸雅宏(2022)「巻頭言 Man-made Plant Diseaseと土壌病害」 植物防疫 76(5): 1.
- 東北農業研究センター(2008)「キュウリホモプシス根腐病防除マニュアル」
- 東北農業研究センター(2013)「ウリ科野菜ホモプシス根腐病被害回避マニュアル」
- 後藤逸男(2016)「ミニ特集:転炉スラグによる土壌病害の被害軽減技術の開発と実用化 転炉スラグの農業利用技術の開発と普及」 植物防疫 70(4): 209–214.
- 岩舘康哉(2019)「キュウリホモプシス根腐病の総合防除対策の確立」 JATAFFジャーナル 7 (4): 6–12.
- 野仲信行(2023)「「古株枯死」とは?〜栽培の上手な終わらせかた〜」 i PLANT 1 (1).