埼玉県農業技術研究センター 成田 伊都美
埼玉県茶業研究所 小俣 良介*
*責任著者
はじめに
近年、茶の輸出額は大幅に増加している。2021年の緑茶の輸出額は204億円と過去最高を記録しており(1)、埼玉県においても輸出に向けた取り組みが広がっている。茶の輸出にあたっては、輸出先国や地域における残留農薬基準(以下、MRL)への対応が必要であり、大きな課題となっている。ポジティブリスト制度では、MRLが設定されていない農薬について、0.01 ppmの一律基準が設けられているため、茶園での農薬使用はより注意が必要であることに加えて、周辺からのドリフトにも注意しなければならない。茶園におけるドリフトの実態については、感水紙を用いたドリフトの評価(2)などがあるが、散布地点からの距離と農薬残留量の関係については未解明な部分が多い。今回はその調査結果を紹介する。
農薬の残留事例
エチプロール水和剤(商品名:キラップフロアブル、エチプロール10.0%、使用時期:摘採7日前まで)は、チャノキイロアザミウマやツマグロアオカスミカメに登録があり、一番茶の新芽が伸長する4月中旬~下旬に使用されている。本剤のMRLは、日本が10 ppmであるのに対し、EUでは0.01 ppmと設定されている。したがって、EUへの輸出を計画している生産者は本剤を使用していない。
しかし、日本茶輸出促進協議会によると、2022年度に残留農薬検査を実施した100点のうち、エチプロールの残留検出数は5件、平均残留値は0.18 ppmと報告されている(2)。埼玉県においても、EUへの輸出を計画する生産者が輸出に際し残留農薬検査を実施したところ、一部の茶園において散布実績がないエチプロールが検出される事例が散見され、周辺茶園からドリフトした可能性が示唆された。そこで、エチプロール水和剤散布を例に、ドリフトと残留農薬の関連性を明らかにするため以下の試験を実施した。
薬剤散布試験の概要
2022年4月23日(天候晴れ、気温25℃、散布開始時は西からの風1.3 m)に、埼玉県茶業研究所内の茶園(定植31年生、品種‘やぶきた’、面積855 m2(畝長25 m×畝数19))(図1)において、乗用型防除機を用いて散布作業を行った(図2)。なお、散布ほ場の畝幅は1.8 m、散布ほ場と隣接ほ場との間の距離は約0.3 mである(図3)。東側9畝をエチプロール水和剤散布区(以下、散布区)として、エチプロール水和剤2000倍液を350 L/10 a散布した(表1)。
2022年5月11日に、調査区の5畝目から3畝目、1畝目の順に畝ごとに摘採した。また、散布区のうち最も調査区に近い3畝についても摘採した。各畝の摘採した生葉から簡易製茶を行い、残留農薬分析用サンプルとした。なお、手順については当茶業研究所で実施しているGLP基準の作物残留試験の方法(3)に準拠した。
残留農薬の分析結果
各畝のエチプロールの残留結果を表2に示した。散布区が0.079 ppm、散布区ともっとも近い調査区1畝目が0.073 ppmであったのに対し、調査区3畝目と調査区5畝目はいずれも不検出(定量限界値0.002 ppm未満)であった。
続いて、散布ほ場からの距離とエチプロール残留濃度の関連性を検討した。残留濃度(y)と散布区からの距離(x)を最小二乗法の累乗近似に当てはめたところ、高い決定係数(R2 = 0.9631)のモデルが得られた(図4)。
茶園におけるドリフト対策
野外で実施した本試験では、散布区と調査区1畝目(距離0.3 m)の残留量はほぼ同程度だったが、調査区3畝目(距離3.9 m)の残留量はEU輸出の基準値0.01 ppmを下回った。ドリフトの程度は散布区から0.9 mの位置で高いものの、2.7 mまで離れれば大幅に低下する(2)と報告があり、今回の結果とも合致する。
また、施設における甘長トウガラシでの散布農薬の残留量は、「散布区から離れるにつれ、加速度的に、ほぼ距離の2乗に比して減衰すると推定できる」という報告(5)と同様に、本試験におけるエチプロールの残留量は散布区から離れるにつれて指数関数的に、ほぼ距離の1.2乗に比して、減衰することが確認された。しかし、調査ほ場が風上であった場合でも、調査区1畝目の残留量は処理区と同程度であり、処理区の周辺へのドリフトは確実に起こるため、処理区からの距離をよく考慮して収穫する必要がある。
以上のことから、EUへの輸出を見据えた場合、隣接の慣行防除茶園からのドリフト対策として、どの程度の距離をあけて収穫すればよいか、次の2つのケースが考えらえる。
① 隣接ほ場と距離がない場合(畝が連続している場合):1畝目と2畝目はMRL超過のリスクが考えられる。3畝目以降、または4畝目以降(3畝目までは緩衝畝とする)を輸出用茶葉として摘採する(図5)。
② 隣接ほ場と距離がある場合(間に2 mの通路がある場合):通路が緩衝帯の役割を果たすと考えられる。2畝目までは緩衝畝として輸出用の茶葉とはせず、3畝目以降を輸出用茶葉として摘採する(図6)。
今回の散布では調査ほ場が風上であったため、風の問題は取り上げなかったが、輸出用の茶園が風下側になる場合や風が強い場合などには、より一層注意が必要となる。障壁作物の利用はもとより、隣接するほ場の生産者に当該茶園が輸出用の茶園であることを周知し、さらには風の強い日はエチプロール水和剤の散布を控えてもらうなど、地域全体として取り組んでいくことが重要である。
今後、今回は調査しなかった2畝目や4畝目の残留程度の調査などを実施し、より精度の高い対策ができるようにしたい。