市川 健
はじめに
イネ籾内に寄生するイネシンガレセンチュウを簡易に分離する方法を考案したので紹介する。イネ籾からの本センチュウの分離は、星野・富樫により簡便な方法が開発されている(1)が、これを更に簡便に改変し、スマートフォンカメラで観察する方法である。
イネ心枯線虫病の発生と診断
イネシンガレセンチュウに感染したイネは、葉先が白く枯れ上がり「ほたるいもち」の症状を呈し(図1A)、症状が激しい場合は不稔籾が増え収量が減少する(図1B)。また、玄米にくさび型の黒点を生じ品質を損なう。さらに種子伝染するので、わが国の水稲で発生する線虫病ではもっとも被害が大きい。
しかし、現在の発生は少なく、令和3年度の植物防疫年報では全国の発生面積はほぼ0であった(2)。この要因としては、育苗時の種子消毒が普及していること、健全種子の供給体制が確立していることが挙げられる。
診断にあたっては、葉に生じる「ほたるいもち」症状がポイントとなるが、細菌病である白葉枯病との判別が困難な場合がある。イネ心枯線虫病であれば、出穂期以降は籾から直接病原センチュウを検出することができ、これにより診断を確定できる。
筆者は、静岡市のJAより線虫病の診断を依頼された。診断を確実にするためにJAの営農指導員とともにセンチュウを観察することを考えた。籾からのセンチュウの観察に際して、星野・富樫の方法では顕微鏡などの機材(管びん、ピペットチップ、時計皿、実体顕微鏡)を必要とするが、JAの営農センター等ではこれら機材が存在しないことも多い。そこで、最低限の機材でセンチュウを検出しスマートフォンカメラで確認する(3)方法を考案した。また、96穴マイクロプレートとPCRプレートを用いてイネ籾1粒ごとにセンチュウの寄生の有無を効率よく確認する方法を考案したのであわせて紹介する。
イネシンガレセンチュウの簡易検出
検出用資材
試験管、ストロー(ポリプロピレン製、直径5~6mm)
観察用機材
スマートフォン、ルーペ又はスマートフォン用拡大レンズ
検出方法
ストローは一端をホチキスで縦向きに閉じ(図2A)、狭い隙間ができるようにしておく。ストローの上端から、鋏で縦に二分したイネ籾を2~3粒分入れ試験管に入れた後、籾が浸るくらいに水を入れる(図2B)。試験管を垂直に保ち4時間程度静置する。
スマートフォンを机上に上向きに設置し、自撮り側レンズにルーペを置きカメラを起動してレンズを自撮り側に切り替える。レンズに試験管の底部を近づけ、焦点の合う位置にしてセンチュウを確認する(図2C)。生きているセンチュウは激しく運動しているので、ルーペの倍率が10倍程度でもセンチュウの確認は可能である(図2D)。
マイクロプレートを用いたイネ粒ごとのセンチュウ検出
検出用資材
96穴マイクロプレート(平底、ポリスチレン製)、96穴PCRプレート(ポリプロピレン製、セルの先端を切り落として小さな穴をあけておく)(図3A)。マイクロプレート、PCRプレートは理化学機器店のほかネット通販でも購入が可能である。単価は100円程度で安価であるが、販売単位が大きい場合がある。
観察用機材
スマートフォン、ルーペ又はスマートフォン用拡大レンズ
検出方法
マイクロプレートとPCRプレートを重ねておく。鋏で縦に二分したイネ籾をPCRプレートのセルに1粒ずつ入れ、セルごとに0.3mlずつ水を入れる(図3B)。4時間程度静置し、上部のPCRプレートを除去する。
観察は簡易検出法と同様に行う。筆者が使用したスマートフォンでは30倍のルーペを用いると、セル1孔がちょうど画面幅に収まる(図3C)。なお、セルの形状は丸底より平底の方が観察が容易である(図3D)。
図1Bの中央の穂について、粒ごとの検出を行った結果を図4に示す。比較的重い被害を受け、着粒数が少なく、籾の充実も悪く立った状態の穂だったが、着粒数39のうち32粒よりセンチュウが確認され、82%の汚染籾率であった(図4)。
おわりに
星野・富樫の方法ではセンチュウの分離効率100%とされているが、今回紹介した方法では最終的にストローやセルに残った水を排出することができないため、100%には至らない場合があると思われる。一方で、センチュウの確認は非常に容易なため(動画参照)、イネ心枯線虫病の発生が疑われる場合には診断を確定させるための有用なツールとなる。イネシンガレセンチュウの寄生の有無だけであれば、試験管を用いた方法で対応し、詳細な検討が必要であればマイクロプレートによる方法を用いるなど使い分けができる。