椎葉 岳彦
はじめに
白紋羽病菌(Rosellinia necatrix)はカビの仲間であり、ナシやウメなど多くの果樹、花木の根に寄生することで樹の生育を阻害し、やがて枯死に至らせる。本病の対策として、ナシの生産現場では主に農薬の灌注処理が行われている。一方、本病原菌は熱に弱い性質から、熱による殺菌方法も開発されており、今回は筆者が太陽熱土壌消毒によるナシ白紋羽病の防除を茨城県内で実施した事例について紹介する。
白紋羽病菌は熱に弱い
白紋羽病菌は熱に弱いことが明らかになっており、農研機構からは「白紋羽病温水治療マニュアル」という手引も公開されている(1)。また、和歌山県ではウメの白紋羽病に対する太陽熱を用いた防除方法が開発されている(2)。この報告によると、本病原菌は地温が33℃では6日間、32℃では7日間持続すると死滅するため、地温の推移を殺菌の指標とすることができる。
茨城県での試験事例
筆者が平成28年に、茨城県内の農家圃場で行った事例は以下のとおりである。
消毒したい部分をあらかじめロータリーで耕起し、降雨後に0.05mm厚の透明マルチで被覆した(図1、処理法の詳細は次項参照)。
データロガーにより、地中30cmの温度を計測した結果は図2のとおりである。マルチ被覆後、地温は日を追うごとに上昇し、8月上旬にはピークに達し、ピーク前後には白紋羽病菌が死滅する条件、32℃以上を7日間持続した。一方、8月中旬以降は地温は徐々に低下し、日によって32℃以上になることもあったが、7日間持続することは無かった。
具体的な処理方法
①7月中下旬頃(梅雨明け直前または直後)に、消毒したい箇所をロータリー等で深さ30cm程度まで耕起する(図3)。苗1本分であれば耕起面積は縦2m×横2m程度でも消毒効果を得られる。
②乾燥状態の土壌では消毒効果が劣ることもあるため、できれば灌水を行う。灌水が難しい場合は、降雨を待つ。
③耕起した部分を透明マルチで被覆する。
作業としては以上となる。雨が降る前日に耕起を行っておき、雨が降った直後にマルチで被覆すれば、手間や日数をほとんどかけずに処理することができる。
成功させるポイント
・地温の上昇は気温や日照の影響を大きく受けるため、梅雨が明ける7月中下旬までにはマルチ被覆を終わらせる。ただし、あまり早く被覆してしまうと雑草が生えてしまい、地温上昇しないおそれもあるため、処理のタイミングには気をつける。
・日照時間が地温上昇には欠かせないため、被覆部分に日陰ができないようにする。
・灌水や降雨後にマルチ被覆を行う。水の熱伝導率は空気より20倍以上高いため、乾燥状態より湿潤状態の方が効果は高くなる。
・使用するマルチは透明とする。厚さは0.05mmでも地温上昇効果は期待できるが、より厚い方が保温効果は高く、高温を持続できる。
・マルチを2重にして、土壌表面とマルチの間にエアキャップを挟むなど、土壌とマルチの間に空気層を設けてやることで、保温効果を高めることができる。
副次的な効果
太陽熱消毒を行った跡地にナシ苗木を植えた際、無処理区と比べて生育促進効果を確認した。平成27年に同様の処理を行った土壌にナシ苗木を定植し、翌年の生育状況を調査したところ、太陽熱処理を行った場所に定植した苗木は、新梢が棚面以上まで伸びており、無処理区に植えた苗木と比較して明らかに枝の伸長量が増加した(図4)。なお、この効果は熱水点滴処理においても確認されている(3)。
太陽熱消毒のメリットとデメリット
【メリット】
・作業は、耕起と被覆(場合によっては灌水も)の2つのみなので、処理にかかる手間が少ない。
・必要な資材は透明マルチフィルムのみであるため、薬剤処理に比べて低コストである。
・処理跡地に定植した苗木の生育促進が期待できる。
・ジョイント仕立てのように、直線状に苗を植える場合は特に効率的に防除することができる。
【デメリット】
・7月中下旬〜8月中旬までと、限られた期間にしかできない。
・気温や日照など、その年の気象に大きく影響を受ける。
・日陰になる場所ではできない(≒既存の樹には処理できない)。
・完璧に防除できるわけではないので、定植時にフルアジナム水和剤(フロンサイドSC)を灌注処理するなど、総合的な防除が必要となる(これは白紋羽病に対するいずれの防除方法も同様である)(4)。
おわりに
太陽熱による土壌消毒は、気象の影響を受け、夏季にしか処理ができないなどといったデメリットはあるものの、労力やコストがあまりかからないため、比較的容易に取り組むことができる。ただし、多くの土壌病害全般に言えることだが、一回の太陽熱土壌消毒だけで完璧に防除できないため、定期的に農薬の灌注処理や適切な肥培管理、樹勢に応じた着果制限を行うなどといった総合的な対策が必要となる。