岡山 健夫
はじめに
灰色かび病は、多くの野菜や花、果樹に発生する多犯性の病害である。以前、ハウスイチゴの代表品種であった「宝交早生」は本病に極めて弱く、多大な被害を生じた。
最近育成された新品種は、果実の硬いものが多く、発生は減少傾向にある。しかし、なかには本病に罹りやすい品種もあり、天候の不順な条件時や高設栽培の導入に伴って発生が増加した産地も見られる。そこで、イチゴ灰色かび病の発生のしくみと防除対策について考えてみる(1)。
症状と被害
主に果実に発生し、花弁や葉、葉柄にも現れる(図1A)。幼果に付着した花弁や、花弁が付着したがくに灰色のカビ(胞子)が発生し、がくと果実の間から発病することが多い(図1B)。はじめ淡褐色の病斑を形成し、急速に拡大して果実は軟化腐敗し、罹病した果実の表面には灰色のカビが密生する(図1C)。果柄や葉柄には暗褐色の病斑を生じ(図1D)、やがて灰色のカビが根冠部まで密生して株枯れを起こすこともある。病原菌はカビ(糸状菌)のBotrytis cinereaである。
病原菌の特徴
病原菌は罹病植物の残渣中で菌糸、胞子、菌核で越夏または越冬して第一次伝染源となる。また、枯れた雑草などの有機物上で腐生的に生活し、伝染源となることもある。被害植物上で作られた胞子は、風で飛散して開花後の花弁に伝染し、がくや果実に侵入する。輸送中や店頭では、病果との接触によって伝染する。
発生しやすい環境
気温が23℃前後で多湿条件のとき発生しやすい。特に、気温20~25℃で相対湿度が97%以上の条件下では1日で菌糸が伸長し、2、3日以内に胞子形成が行われる(2)。このため、本病は主に施設栽培で発生し、晩秋から春の冷え込みによって施設内の相対湿度が上昇すると、果実や茎葉に結露が生じ、発病が助長される。被害果実や被害茎葉の残渣上に多数の胞子が形成され、ハウス全体に飛散して伝染、蔓延する。近年増加している高設栽培は灌水量が多く、葉の溢液(いつえき)が増加して植物体の濡れ時間が長くなるため発生しやすい(3)。
「宝交早生」に多発した原因
「宝交早生」は、1970年代に全国のイチゴ総作付面積の50%以上を占める主要品種であった。しかし、花数が多いのに加え、果実が柔らかく本病に弱かった。さらに、この品種を利用した作型開発により、イチゴ栽培は冬~春が主な収穫期になった。水田転換圃場に建てられたビニールハウスは地下水位が高く、寒冷期の無加温二重ビニール被覆のハウス内は飽和湿度状態(相対湿度が100%の状態)が続き、本病にとって格好の発生環境である。
防除対策
1)耕種的防除
密植を避け、茎葉が過繁茂にならないように管理する。罹病果実や被害葉など被害残渣は第二次伝染源となるため圃場や施設内から持ち出し、焼却するか土中深く埋める。花弁は果実への発生源となりやすいので多発時には早期に花弁を除去する(4)。品種間の抵抗性差異は明らかではないが、果実から花弁の離れが良く果皮、果肉ともに硬い品種は強い傾向があるので、多発圃場ではこのような品種を栽培すると良い。発生が見られたハウスは、夏期に太陽熱利用による施設内の土壌消毒を行うか、湛水して病原菌を死滅させる。
2)施設内の湿度抑制
地下水位の高い圃場では、暗渠排水による水はけ改善が必要である。ハウス内の畦や通路にはポリマルチや防水シートを敷いて土壌からの水分上昇をさえぎり、日中は換気して湿度上昇を防ぐ。結露が発病を助長することから、循環扇や暖房機を用いて施設内湿度を低下させ、結露を防ぐ。なお、結露センサー付き暖房機制御装置は、発病の危険度を推定できることから、本機の利用により効率的な薬剤防除が可能となる(2,5)。
3)高設栽培における対策
高設栽培の栽培槽は、樹脂等を素材にした成型品とシート類を展張して培地を溜める形のものに大別される。前者は排水構造があるが、後者は廃液を垂れ流すと多湿になるので栽培槽の下に樋を設置して廃液を集め、ハウス外に排出する(図2A)。樋を設置した場合には、溜り水による湿度上昇を防ぐため高設ベンチをポリマルチで腰巻き状に覆ってハウス内湿度の低下に努める(図2B)。いずれも栽培槽内に温湯管を配置した暖房を行うと、地床栽培よりもイチゴ株間の湿度が低下して発病が抑えられる(6)。
4)薬剤防除
薬剤はフルオピラム水和剤、ピラジフルミド水和剤、ピリベンカルブ水和剤、ピラクロストロビン・ボスカリド水和剤、イプロジオン水和剤、フルジオキソニル水和剤、メパニピリム水和剤、イミノクタジンアルベシル酸塩水和剤などがある。これらの薬剤は防除効果の高いものが多いが、薬剤耐性菌が発生しやすいので殺菌剤の作用機構分類表(FRACコードリスト)(7)を参照し、耐性リスクの高い薬剤の連用を避ける。薬剤感受性検定を行なっている地域では発生情報を参考にして薬剤を選択する(8)。
引用文献
- 岡山健夫・谷口高大(2014)「インターネット版防除ハンドブック イチゴの病害虫」 全国農村教育協会
- 渡辺秀樹・小島一輝・久冨茂樹・嶋津光鑑(2021)「温湿度データによるトマト灰色かび病菌の感染危険度推定」関西病虫害研究会報63:59-65.
- 農研機構 九州沖縄農業研究センター 研究成果情報 平成14年度(担当鹿児島県農業試験場)「イチゴの高設栽培は土耕栽培より灰色かび病の発生が多い」
- 谷川元一・木村 桐・中野智彦・萩原敏弘・岡山健夫(1994)「薬剤の花房処理によるトマト灰色かび病の防除」 奈良県農業試験場研究報告 25:21-24.
- 渡辺秀樹(2021)「温湿度制御と薬剤散布を併用したトマト灰色かび病の効率防除」植物防疫75:131-134.
- 長崎県農林技術開発センター 試験研究成果情報(2006)「イチゴ長崎型高設栽培における主要病害の発生特性」
- 農薬工業会ホームページ RACコード 「殺菌剤(FRAC)2022年6月版」(2023年10月16日閲覧)
- 鈴木啓史・黒田克利・湊 裕史(2011)「野菜類灰色かび病に対する各種殺菌剤の特性評価」関西病虫研報53:13-19.