前島 健作
はじめに
秋になると焼きいもが食べたくなるが、そのサツマイモが腐敗し、収穫が皆無となる恐ろしい植物病「基腐病(もとぐされびょう)」が日本に侵入した。近年、東アジア各国で相次いで発生しているカビ(糸状菌 Diaporthe destruens、以下「基腐病菌」)による病気で、日本では2018年に沖縄県で初めて発生が確認された。以後、全国に広がっていることがわかり、これまで29都道府県で発生が確認されている(2022年11月現在)(3)。とくに沖縄県、鹿児島県、宮崎県では極めて深刻な事態となっており、生食だけでなく、菓子や芋焼酎、でん粉の原料供給にも支障を来している。
症状
感染したサツマイモの地上部は生育不良となり、葉が黄化し、株元が褐変腐敗する。症状が激しいと枯れてしまう。地上部の生育不良や黄化、株元の褐変などの初期症状がないか、注意することが早期発見につながる。株元の褐変腐敗した茎の表面には黒い粒が多数形成される(柄子殻と呼ばれる菌の胞子のかたまり)。これと似たサツマイモの病気「乾腐病(かんぷびょう)」(近縁の病原菌による)でも茎の褐変と黒い粒(柄子殻)が認められるため、まぎらわしい。イモ(塊根)では付け根(なり首)から菌が侵入し腐敗する。腐敗していない部分からは地中で芽が出てくる(萌芽する)ことがある。収穫時に腐敗が見つからなくても貯蔵中に腐敗が進行し周囲のイモにも伝染する(9)。腐敗したイモは独特の臭いがするが、他の病害でも同様の臭いがすることがある。
診断
基腐病は日本では目新しい植物病なので、褐変した茎や腐敗したイモを見てもその判断は難しい。しかし、高感度な遺伝子診断技術が開発されている。ひとつはLAMP法で、30〜50分程度で診断できる(7,8)。この方法は、高価な機器が不要であり、迅速・簡便かつ感度の高い技術である。もう一つはPCR法で、約1日で判定できる(6)。いずれも、乾腐病との識別が可能である。なお、圃場の土壌診断の要請が多いが、検査精度の観点から現時点では技術的に困難とされる。基腐病は、サツマイモの生産から消費に至るまで、すべての段階で発生し問題となるため、診断キットは植物病の防除に携わる公的機関だけでなく、サツマイモの生産・流通・加工に関連する様々な関係機関にも利用が広がりつつある。また、感度が高いため、説得力のある「陰性証明」として、種苗の品質保証への利用も期待される。診断キットによる検査の精度を高めるためには、検査する部位や時期に注意する必要がある。基腐病では、イモの腐敗部分や茎の褐変部分が検査に適している。
伝染経路と対策
基腐病は、感染した種イモやそれから生産された感染苗の持ち込みにより広がる。未発生地域では、健全な種イモを確保し利用することが大切で、来歴不明な種イモや苗の利用は避けるべきである。すでに発生してしまった地域では、上記の対策に加えて、次に挙げるような複数の対策を、発生の程度に応じて総合的に実施する必要がある。とくに、圃場における基腐病菌の増殖や拡散、越冬を防ぐことが、被害を抑える重要なポイントとなる。作付け前には、排水経路を整備し地下耕盤の破砕により圃場の排水状況を改善することで、また圃場周囲に排水溝を掘ることで雨水の地表への滞留を防ぎ、まん延を抑える効果が期待される。また栽培にあたっては、罹病株を早期発見し除去するとともに、化学農薬(殺菌剤)(表1)の利用や、栽培・収穫時期の早期化により、被害を低減できる。基腐病菌は感染植物の残渣中で越冬するので、収穫後は植物残渣を圃場にできるだけ残さないようにする。残ってしまった残渣は、できるだけ細断して土壌中にすき込めば、菌の分解が促される。これらの残渣処理は、土壌消毒の効果を高めるうえでも重要である。被害が著しい圃場では、他の作物の輪作や休耕により時間をかけて病原菌の密度を下げることが望ましい。現在の主要品種は感受性が高いものが多く、抵抗性品種の選抜・開発が進められている。(1,2,4,5)
引用文献
- 農研機構(2022)「サツマイモ基腐病の発生生態と防除対策 標準作業手順書」
- 農研機構(2022)「サツマイモ基腐病を防除する苗床の土壌還元消毒技術 標準作業手順書」
- 和歌山県農作物病害虫防除所(2022)「令和4年度病害虫発生予察特殊報(第2号)」
- 小林有紀(2019)「サツマイモ基腐病(仮称)の発生と対策」植物防疫 73 (8): 501–505.
- 小林有紀(2021)「サツマイモ基腐病の発生と防除の取り組み」砂糖類・でん粉情報 (10): 61–68.
- 小林有紀(2022)「サツマイモ基腐病の発生生態と防除対策」植物防疫 76 (8): 406–413.
- 前島健作・山次康幸(2019)「サツマイモに甚大な被害を与える侵入病害「基腐病」の超高感度・簡易・迅速診断」 砂糖類・でん粉情報 (10): 55–59.
- 前島健作ら(2022)「LAMP 法によるサツマイモ基腐病の迅速遺伝子診断技術とその活用」植物防疫 76 (8): 414–420.
- 西岡一也(2022)「サツマイモ基腐病の発病リスクを軽減する塊根管理技術」植物防疫 76 (8): 422–427.