果樹栽培における施肥の注意点とは?

黎相庭園/プラントツリー・リサーチ
笹部 雄作

はじめに

施肥による作物への影響は我々が考えている以上に複雑である。そこには、多様な農業資材・栽培法・品種が複雑に絡み合っているからである。とくに、果樹栽培で施肥を効率的に行うためには、肥料の性質だけでなく、果樹と野菜との違いについても理解しておく必要がある。

果樹と野菜の違い

果樹は永年生作物である。多くが1年生作物である野菜の場合、播種から収穫までが1年以内に終えるのに対して、果樹の場合、数十年にわたり、同じ植物個体が圃場に存在し続け収穫が続くという点で大きく異なる。したがって、果樹の場合には、果樹本体の維持と成長という時間軸と開花から収穫までの時間軸という2つの異なった時間軸にもとづいた施肥計画が必要である。例えばチッソ肥料は葉や枝の伸長に大きく作用するが、食味や植物病耐性に対してはマイナスに作用してしまう。それ故に、肥料の成分比については、両者の時間軸に応じて留意する必要がある。

果樹の着果・収穫の周期性

果樹栽培では「表年・裏年」、「隔年結果」という用語がある。これは、豊作の年と不作の年を交互に繰り返す場合があることを意味している。その背景には、年ごとの気温や雨量、日照量といった要因に加えて、果樹の体力に年単位の時間軸で存在する波がある。つまり、果樹本体の養分を最大限に利用して結実した次の年には、結実により消耗した樹体の体力を回復するために着果が減ってしまうのである。この対策として、過剰な着果をコントロールする基本的な栽培技術に加え、果樹本体を涵養する施肥技術が重要となる。最近では、この対策の一つとして、光合成に作用する鉄分の施用が注目されている。

  • 図1. 隔年結果
    温州ミカンなどカンキツの隔年結果は顕著で、特にうらなりと呼ばれる。
    豊作の次年度は、着果は少ないが、果実に水分などが集中するため大きな果実となる。

土壌の質と水分

果樹は一度定植されたら、同じ場所で年単位の時間軸を経て収穫が行われる。このため、土壌の物理的な性質と化学的な特性も重要となる。特に1本の果樹樹体から、果実という収穫物を長年にわたって繰返し大量に得るわけで、果樹本体だけでなく、収穫物を維持するうえで、果樹本体の性質と合致し、なおかつ十分な土壌要件を維持する必要がある。冷涼な地域の気候に適した果樹を栽培する場合と、暖かい地域の気候に適した果樹を栽培する場合とでは温度に対応した管理だけでなく水分管理の手法も違ってくる。

N・P・Kなどの多量要素と微量要素

多くの化学肥料の主要な成分はN(窒素)P(リン)K(カリ)であり、資材の名称や説明が異なっても実はこれらの配合比の違いだけというものも少なくない。そして、これらN・P・Kの混合物に、同じく多量要素であるMg(マグネシウム:主にリンの吸収を助ける)やCa(カルシウム:土壌の団粒化や細胞壁を強化する)が配合されているだけのシンプルなものが多い。また特殊な肥料として鉄・マンガン・ホウ素・モリブデン・銅・塩素といった微量要素も含む肥料資材も販売されているが、大変コストがかかるものが多く、これらの出番を見極めるためには概ね土壌の診断が必要である。

  • 図2. N・P・Kなどの多量要素とその他微量要素
    施肥には液肥という選択肢があり、同時に土壌の撹拌を行う事で物理性の向上も図ることができる。

有機質肥料

令和4年4月農林水産省「肥料をめぐる情勢」では肥料の国内生産量820万トンのうち有機質肥料は約171万トンに及ぶ。化学肥料の原料だけでなく、有機質肥料の原料も、その多くを輸入に頼っている。原料の高騰や枯渇が懸念されるなかで、有機質肥料は緑肥と並び国内で賄うことに期待のかかる肥料でもある。有機質には、N・P・Kなどの多量要素や鉄・銅などの微量要素に加え、アミノ酸や糖質といった成分が含まれている。収量の点で多量要素・微量要素は重要であるが、この有機質肥料のアミノ酸や糖質は収量以上に収穫物の質に対して直接的・間接的に影響することが多い。いわゆる風味の質的向上や、栽培期間中の乾燥耐性の向上などに影響し、水分が少ない状況でも着果が維持され、糖度が向上する。これら有機質は、植物に吸収される前に微生物による複雑な分解工程を伴うため、安易に植物残渣などを施用してしまうとC/N比が悪化し、一時的に窒素欠乏を引き起こす。したがって、有機質肥料の施用にあたっては、その長所・短所をよく見極める必要がある。特に未熟な資材を使用していないか注意する必要がある。

腐朽病害

果樹生産においては、一般的な植物病だけでなく、果樹本体を浸食するカビ(腐朽病)が問題となる。腐朽病は外部から見える、いわゆるサルノコシカケなどと呼ばれるキノコ(子実体)は目に見えるが、深刻な被害をもたらす問題は、目に見えない、樹木内部のカビ(菌糸)による腐朽・浸食と、それによる水分の通導阻害である。分解が未熟な有機質などを肥料として使用すると、紋羽病菌やナラタケ、ナラタケモドキなど腐朽性のカビ(菌類)を呼び込む恐れがある。

  • 図3. 腐朽病害
    A. 腐朽菌に侵された果樹
    腐朽菌により内部の組織が浸食されるため、水分通導などが阻害される。外見からは症状が小さくとも内部の障害が大きい場合もあり、着果が減少する。
    B. ナラタケモドキ(左側が子実の後期、右側が子実の初期)
    ナラタケモドキによる被害は木が突如衰弱・枯死に至るまで気が付かないことが多い。

その他注意すべき事項

以上、主に施肥について述べてきたが、それ以外にも灌水、土壌の状態、樹種特性、気候なども重要である。日射量は果樹の開花・着果に影響する。また、周囲の地形や植栽、ツタ植物の巻き付きの除去など、基本的な条件を整えることも重要である。これらが揃っていない状況では、いかに施肥に注意しても収量や品質の向上は望めない。

  • 図4. その他注意すべき事項
    温暖な関西の平野でもこの写真のようにリンゴの着果は可能ではある。しかしながら食味や安定した収量は望めない。
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iPlant 1(1) e006

ISSN 2758-5212 (online)